世界で最も有名な幽霊船「メアリー・セレスト号」の謎がついに解けた! 乗組員を海へ追いやった“青い炎の波”

大西洋のど真ん中を漂流していた無傷の幽霊船に何が起きていたのか――。船の模型を使った再現実験で恐ろしいイベントが起きていたことが明らかになっている。
■大規模ガス爆発後も無傷の幽霊船
1872年12月、2本マストの帆船が無人でジブラルタル海峡に向かって漂流しているのが発見された。
この船は1872年11月7日にニューヨークを出航し、イタリアのジェノヴァへ向けて航海していた商船、メアリー・セレスト号であったが、冬の荒波の中、不気味なほど静かに漂っていた。
帆はやや破れていたものの、木製の船体は無傷の状態を保っており、甲板下の貨物倉はほぼ出港時のままで、積荷のほとんどがそのまま残っていた。船長とその家族、そして乗組員全員が船を捨てて離れたことになる。この無人のメアリー・セレスト号はイギリス船によって曳航されジブラルタルへと運ばれた。

何世代にもわたり、この幻の船はさまざまな憶測を生み出してきた。海賊に拉致されたとする説、深海の怪物の襲撃、突然の病気、反乱、さらには超常現象説まで、あらゆる仮説が語られている。
重要な事実は、船倉には数多くの木樽に入った工業用エタノールが積まれていたことだ。
後に行われた調査で検査官は船倉の9つの樽が完全に空になっているのを確認した。完全に密閉されていなかった樽から揮発性の高いエタノールが漏れ出て蒸発し、密閉された空間内に充溢していたことが考えられるのだ。その状態で火が持ち込まれれば大規模な爆発が起きるはずである。
2006年、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)の化学者、アンドレア・セラ博士は、この謎に取り組むべぐ、メアリー・セレスト号の貨物室のレプリカを製作した。
彼は木樽の代わりに紙カップを用い、エタノールの代わりにブタンガスを使用し、火花を散らした。すると炎が巨大な火球となって燃え盛った。
そして驚くべきことに紙カップは焦げ跡すらつくことなく無傷のままであった。
「私たちが作り出したのは、圧力波型の爆発でした」と、当時UCLのプレスリリースでセラ氏は説明している。
「壮大な炎の波がありましたが、その背後には比較的冷たい空気がありました。煤は残らず、燃焼や焦げ付きもありませんでした」(セラ氏)
炎はほんの一瞬のうちに燃え上がり、そしてすぐに消えた。蒸気を焼き尽くしたが、周囲の物品はそのまま残っていた。シェフがデザートをフランベすると、揮発したアルコールで青い炎が盛んに燃え広がるが、その下の固形物には全く影響を及ぼさないのと同じ現象である。
「これまでのすべての事実を考慮すると、これはメアリー・セレスト号の船内の状況を再現しています。爆発によってハッチが吹き飛ばされるなど、乗船していた全員にとってとても恐ろしい出来事だったでしょう」(セラ氏)
この後、マンチェスター大学のジャック・ロウボサム氏とフランク・メア氏はこの実験をさらに推し進め、メアリー・セレスト号の1/18スケールの模型を製作して再現実験を行い、蒸発したエタノールによる爆発が確かめられた。

具体的に何が火種となったのかについては不明のままである。
波に揺られながら、二つの木樽が擦れ合って火花が散ったのかもしれないし、あるいは船乗りが煙草を吸いながらハッチを開けたのかもしれない。
しかし火種が何であれこれらの実験によってその後に起こった凄まじい出来事は容易に想像できることになった。
パニックに陥った船長は、二度目の爆発で船体が完全に破壊されることを恐れ、おそらく全員に救命ボートに乗るよう命じたのだろう。
彼らは小型ボートをメアリー・セレスト号に繋ぎ、次の爆発に備えていたが、強風で繋いでいたロープが切れ、彼らは大海原に投げ出されたのだと考えられるという。
数年前に北海道札幌市の店舗で消臭スプレー缶が原因の爆発火災が起きているが、メアリー・セレスト号の物語もまた可燃性ガスの危険性にあらためて警鐘を鳴らす話題となるだろう。
参考:「ZME Science」ほか
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2024.10.02 20:00心霊世界で最も有名な幽霊船「メアリー・セレスト号」の謎がついに解けた! 乗組員を海へ追いやった“青い炎の波”のページです。爆発、幽霊船、事故、火災、帆船などの最新ニュースは好奇心を刺激するオカルトニュースメディア、TOCANAで
