同じ幽霊を見たはずなのに姿がバラバラ!? 19世紀の心霊研究記録が突きつける「ドロシー問題」

幽霊屋敷の噂には、たいてい「長い髪で白い服の女」といったお決まりの姿がある。だが、実際に同じ屋敷で幽霊を目撃した人々の証言を並べてみると、その姿は驚くほど食い違っているという。
英国の怪異研究家M.J.ウェイランド氏は、19世紀の心霊研究記録に残された一家の幽霊騒動を掘り起こした。そこから見えてきたのが、目撃者ごとに幽霊の姿が変わり、何も見えない者まで出てくるという「ドロシー問題」である。
黒いドレスの女か、雲に溶ける人影か
舞台は、英国心霊研究協会(SPR)の機関誌1892年10月号に、家名も所在地も伏せて掲載された「A家」の事例だ。
始まりは1881年8月。A夫人は、黒いドレスに白いエプロン姿の小柄な女を目撃した。顔は薄紫色の薄布に覆われて見えず、女は唐突に姿を消したという。一家はこの幽霊を「ドロシー」と呼ぶようになった。
1886年頃には、娘のD夫人が夜7時15分頃、階段に座っていたところ使用人らしき女を見かけ、お湯を頼んだ。ところが女はかき消え、メイドに確認すると使用人は全員台所にいたという。
さらに一家の友人で懐疑派だったB嬢は、裾が雲のように溶けていく細身の人影を見ている。母娘の証言とは明らかに別物だ。当時のSPR編集者も、人物像が一致しない点に気づいていたとされる。
「ただの思い込み」では片付かない見えない人々
この屋敷には、何も見なかった人々もいた。家主のA氏は一度も目撃していないが、証言同士が独立しすぎていて錯覚とは思えないと考えていた。1889年3月の手紙では、幽霊を婦人とも使用人ともつかない存在として記し、食い違う証言を一つにまとめている。
B嬢の姉C夫人は、明るいガス灯の下で座っていても何も見えなかった。ところがハーモニウムを弾いていたとき、誰もいないのに肩に手を置かれる感覚を味わったという。使用人たちも何も見聞きしておらず、A氏自身もドロシーを一家の道楽のようなものと見ていた。
ウェイランド氏はここで、バスケットボールの映像を見せると半数以上がゴリラの着ぐるみを見落とすという1999年の有名な心理実験を挙げる。見えないのは信じていないからとは限らず、単に別のことに気を取られていた可能性もあるわけだ。
白い獣か、黒い森の精霊か
同じ構図は現代にもある。1990年代半ば、米オレゴン州ヒルズボロで、少年ゲイジ氏と友人2人が倒木の上に「大きく白い何か」を目撃した。ゲイジ氏によれば、それは薄汚れたオフホワイトの存在で、距離は約2.4m、見えたのは5秒足らずだった。
ところが友人の1人は何も見ておらず、叫び声を聞いて走っただけだった。もう1人は2019年の通話で、黒く邪悪な森の精霊だったと振り返っている。スピリチュアルな母親に育った友人と、狩猟一家に育ったゲイジ氏。少年たちは長年それを「獣」と呼び、のちにゲイジ氏はビッグフットだったと考えるようになった。
ウェイランド氏は、目撃談は語り手の生い立ちや環境によって、私たちの元へ届く前に解釈されていると指摘する。

「見える者」は選ばれているのか
古い民間伝承はこの問題に答えを用意していた。1691年の『秘密の共和国』は、霊を見る「セカンド・サイト(霊視)」を一部の者だけが持つ力と記している。英国には「チャイム・アワー(夜中の鐘の時刻)」に生まれた子は幽霊が見えるという言い伝えもある。日本で言う「霊感が強い人」に近い発想だ。
全員が同じ姿を見ても、違う姿を見ても、何も見なくても、幽霊屋敷の物語はすべてを飲み込んでしまう。科学的に検証するのは確かに難しい。だが、ドロシーが本当に「見える者」だけを選んで姿を変えていたのだとしたら、怪談としてこれほど奥深い話はない。
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2024.10.02 20:00心霊同じ幽霊を見たはずなのに姿がバラバラ!? 19世紀の心霊研究記録が突きつける「ドロシー問題」のページです。幽霊、心理、心理実験などの最新ニュースは好奇心を刺激するオカルトニュースメディア、TOCANAで

