【TOCANA的UMAファイル #29】「シュテラーズ・シーエイプ」 ── 名博物学者と2時間見つめ合った“海の猿”

1741年8月10日、アラスカ沖。探検船のまわりを、見たこともない生き物が2時間も泳ぎ回った。乗組員を一人ずつ「感心したように」眺め、流れてきた海藻をくわえて船まで運び、芸まで披露してみせた。記録した博物学者は「これ以上滑稽なものは想像できない」と書き残している。そして彼は、銃に弾を込めた。
基本データ
名前:シュテラーズ・シーエイプ(Steller’s sea ape)。日本では「ステラーの海猿」とも
生息地:アラスカ・シュマギン諸島の近海(目撃地点)
初出:1741年、ベーリング探検隊に同行したドイツ人博物学者ゲオルク・ヴィルヘルム・シュテラーの航海日誌
姿:体長は「ロシア尺で2エル」。換算には諸説あるが1.5メートル前後。犬のような頭にとがって立った耳、上下の唇から垂れたヒゲ、大きな目。背は灰色、腹は赤みがかった白の毛に覆われ、尾は上が下の倍ほどある二股のヒレ。そして前脚もヒレも見当たらない
由来:ゲスナー『動物誌』の「海の猿」の図に似ている、とシュテラー自身が書いたことから
事件簿
日誌によれば、その生き物は手を伸ばせば竿が届く距離まで近寄ってきた。体の3分の1を水から出し、「まるで人間のように」何分も立ち泳ぎを続けた。船の下を矢のようにくぐっては反対側に顔を出し、それを30回ほど繰り返したという。
シュテラーは標本にするため発砲したが、外れた。生き物はおびえながらもすぐに戻ってきて、また船に近づいてきた。2発目は外れたか、かすった程度で、今度は沖へ去り、二度と戻らなかった。
1965年には、アリューシャン列島のアトカ島沖を帆船で航行していた冒険家マイルズ・スミートンらが、よく似た生き物を見たと報告している。赤みがかった黄色い毛に、シーズーのような顔をしていたという。
ホントカナ?
いちばん有力なのは、若いキタオットセイの見間違い説だ。ラッコ、奇形のオットセイ、迷い込んだモンクアザラシといった候補もある。
だが、日誌の数行前には、直前の航海でアザラシ、ラッコ、オットセイ、トドを大量に見たと書かれている。シュテラーはのちに『海の獣について』でオットセイの解説に約30ページを割いた人物でもある。航海日誌の英訳を注釈したレオンハルト・シュテイネガーも、これらの動物をよく知る彼が、竿が届く距離で2時間見て見誤ったとは信じがたい、という趣旨の注を残している。
奇妙なのは名前の由来だ。シュテイネガーはゲスナーの『動物誌』を実際に調べた。シュテラーが似ていると書いた「海の猿」の図は、大きな胸ビレとムチのような尾を持つギンザメの仲間で、耳もヒゲもなかった。ほかの怪物の図をつなぎ合わせれば、とがった耳もヒゲも二股の尾も見つかるが、ただ一つ、どの図にもない特徴があったという。シュテラーが「何より驚いた」と書いた、前脚がないという点である。
そのシュテイネガー自身も、後年はオットセイ説に傾いたとされる。いちばん詳しく調べた専門家ですら、答えを一つに決めきれなかったのだ。

TOCANA的まとめ
一度きりの目撃が、なぜ280年あまりも語り継がれてきたのか。記録したのがシュテラーだったからだろう。同じ航海で彼は、記憶していたカケスの図版を手がかりに、探検隊がアメリカ大陸に到達したことを言い当てている。ステラーカイギュウを生きた姿で記録したのも彼だけだ。その人物が「正体不明」と書いたのだから、後世の学者も簡単には片づけられない。ラッコやオットセイが群れ、巨大な海藻がただよう北の海には、名博物学者を2時間楽しませた生き物がいた。それだけは確かなのである。
トリビア
冬の北海道に飛来するオオワシの英名は「Steller’s sea eagle」。シュテラーの名を冠した動物は、日本の海辺でも見ることができる。
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2024.10.02 20:00心霊【TOCANA的UMAファイル #29】「シュテラーズ・シーエイプ」 ── 名博物学者と2時間見つめ合った“海の猿”のページです。UMA、TOCANA的UMAファイルなどの最新ニュースは好奇心を刺激するオカルトニュースメディア、TOCANAで