4人の妻と17人の子ども「ブラウン一家」 アメリカ版ビッグ・ダディから見るポリガミーと宗教

 我々日本人にとって興味深いのは、今回の違憲判断が「信仰の自由」を犯すものとされたことだろう。一夫多妻という制度自体は、イスラーム諸国で残っているから特別に珍しいわけではない(テレビでもよく複数の妻を持つ中東の大富豪が出てくる)。けれども、アメリカで一夫多妻と聞くと意外に思われる人も多いはずだ。しかし、アメリカでは現在も38000人あまりの人々が、一夫多妻生活を営んでいるという。彼らの多くはモルモン教から分派したモルモン原理主義者たちだ(ブラウン一家もこれに当てはまる)。


■モルモン教、弾圧史

 実は、モルモン教の一夫多妻制の合法性をめぐっての議論は100年以上の歴史がある。19世紀初頭に興ったモルモン教は元々、古代ユダヤの部族制度にならって一夫多妻制を実施していた。迫害のうちに虐殺された教祖、ジョセフ・スミスの後を継いで教団を指導したブリガム・ヤングには27人の妻と、56人の子がいたという(55人の妻に、57人の子がいた、とする資料もある。どちらにせよ、すごい数だ)。彼らの一夫多妻制は男性家長を中心としたハーレムのようなものでなく、慎ましいピューリタン的な家族の拡大版であった。

 しかし、彼らの生活ぶりは教団の外部の目には異様なものとして映ったに違いない。一夫多妻制を認めない外部勢力からの教団への圧力は19世紀中頃から始まっている。南北戦争で北軍を指導し、奴隷制廃止に尽力した「自由と平等の父」、エイブラハム・リンカーンでさえ、彼らの一夫多妻制を認めず、軍隊を使って教団を弾圧した。ブラウン一家が元々生活していたユタ州は、モルモン教の中心だが、現在のモルモン教の正統派は、19世紀末にこの土地が州に昇格するにあたって公式に一夫多妻制を捨てた。

 この政治的な判断による「信仰の修正」により、モルモン教は分裂し、ブラウン一家のような原理主義者たちの分派を生むことになった。しかし、ブラウン一家の訴えが認められた今回の判決は、100年越しの「逆転勝訴」と言えるだろう。

 しかし、実際にモルモン原理主義の人々が営む一夫多妻生活はどのようなものなのだろうか? この点に関しては『ナショナルジオ グラフィック 日本版』2010年2月号(日経ナショナルジオグラフィック社)が詳細なレポートをおこなっている(当該記事は、WEB上でも閲覧可能)。この記事でとりあげられているモルモン原理主義の人々はFLDS(Fundamentalist Church of Jesus Christ of Latter-Day Saints)という分派だ。できる限りの自給自足を目指し、信徒たち同士の協力によって成り立つ彼らの暮らしぶりからは「神の国」の理想像の反映が穏やかにうかがえる。
 
 しかしながら、そこでの外部からの隔絶した生活は「カルト教団」という評価・偏見と隣り合わせだ(長年の近親婚により遺伝的疾患の多さも指摘されているという)。しかも、FLDSの指導者、ウォレン・ジェフズは性的暴行を幇助した罪で服役中の身だ。外部からの偏見の目は厳しいだろう。一家の2番目の妻、ジャネール・ブラウンはインタビューでこう語っている。「一夫多妻というだけで、ウォレン・ジェフズみたいなイメージを持たれるのに疲れちゃっていたの」。ブラウン一家はFLDSとは別な分派のAUB(Apostolic United Brethren)に属しているが、ジェフズ逮捕は彼らにも影響を及ぼしているのだ。

 一家は現在、元々住んでいたユタ州の家に戻ることを切望しているという。彼らは、まるで迫害や偏見によって放浪を余儀なくされた初期のモルモン教徒たち、ひいては旧約聖書に記された流浪の民たちの歴史をなぞるようだ。「放浪のなかで、ベストを尽くしているんだよ」と家長であるコーディー・ブラウンは語る。彼自身も「受難の歴史」に対して自覚的なのかもしれない。

参考・関連文献
五十嵐太郎 『新編 新宗教と巨大建築』(ちくま学芸文庫):5章「海外の近代宗教と建築」では、モルモン教の教義とともに成立時から現代までが歴史がコンパクトにまとめられている。教義と都市設計との関係の分析も必読。

マイケル・ギルモア 『心臓を貫かれて』(文春文庫):著者は 2人を殺害した罪で死刑となったゲイリー・ギルモアの弟。ギルモア一家はユタ州に起源をもち、本書ではモルモン教の教えや神話が一家に与えた影響について語られている。初期のモルモン教徒たちの受難については、本書の記述が最もスリリングに読ませる。村上春樹による邦訳も良い。


■カエターノ・武野・コインブラ
会社員。日本のインターネット黎明期より日記サイト・ブログを運営し、とくに有名になることなく、現職(営業系)。本業では、自社商品の販売促進や販売データ分析に従事している。

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