撮影:鈴木信彦
■その時にしかない偶然の出会いを求めて街を彷徨う
ーー写真はみんなそうだと思いますが、撮り手の気持ちや態度が被写体に影響すると思うんです。例えば、撮り手が暴力的に撮りに行けば相手も身構えるし、ソフトにアプローチすれば被写体も柔らかな反応を示すような気がするんです。つまり、被写体への対し方次第で撮り手の側がその場の状況をコントロールすることもできるわけです。
鈴木氏 それはあると思います。
ーー撮影している姿を拝見して、鈴木さんの場合は自分の欲しいイメージに合った状況を作るのではなく、街のあちらこちらで起きているドラマを1つづつ拾って歩いているように見えました。
鈴木氏 そうかもしれませんね。写真って真実を撮ることじゃないですか。さっき言ったような、その人が持っている葛藤とかセンシティブなシーンを撮るのが僕の目的だから。でも、そんなシーンはなかなかないし、撮りに行くんだけれども写らない。
ーー「写らない」というのはどういうことですか? 実際にフィルム上には写っているわけですよね?
鈴木氏 写ってはいます。むしろ、すごくよく写っていることもあるんだけど、自分のイメージしたものとは違うんですよ。撮った瞬間に「いい写真が撮れた」って思うことってあるでしょう。でも、自分がイメージしたシーンが写っていない。それが、ピントが合ってないとかならいいんだけど、写真そのものがよくないんです。技術的な問題ではないんですよね。センスの問題。撮りたいイメージがちょくちょく撮れるようであれば全然困らないんだけれど、それはそれで面白くない。
ーー狙って撮りに行ったのに欲しいイメージが写っていないことがあるのならば、狙っていた以上にいいイメージが撮れる時もあると思うんです。それはどういった状況なんでしょう?
鈴木氏 どういう時なんでしょうね。やっぱり、偶然性なんですよ。この街のどこかには自分の欲しいイメージに合ったシチュエーションっていうのが確実にあって、そこに出会えるかっていうのは運というか偶然じゃないですか。いっぱい動き回ればそういうシーンにたくさん出会えるかもしれない。でも、結局は偶然性なんですよね。見つけられるかどうかはその時の状況によりけりだから。