報道内容と違うではないか! 【毒カレー死刑囚】林眞須美と会って深まる“印象操作・冤罪”疑惑!

■ニコニコして、愛想のいい人

 筆者は取材を重ね、眞須美に冤罪の疑いを深めていったが、その中では初期報道で抱いた印象と現実のギャップに驚くことも多かった。その最たるものが地元での眞須美の評判だ。

「家のそばの用水路にゴミを捨てる」「年がら年中、職業不詳の男たちが家でマージャンをしている」「夜中でもカラオケをやる」「車のクラクションをけたたましく鳴らす」

 事件発生当初の報道では、林家のそんな悪評が次々伝えられていた。あれで眞須美が地元で有名な嫌われ者だったように思った人は世間に多かったろう。筆者自身もそうだった。

 だが取材してみると、少なくともカレー事件が起きるまでは、眞須美の地元での評判は案外悪くなかった。前記したような地元住民たちの悪評はあくまで「林家」に関する評判で、嫌われていたのはもっぱら風貌がコワモテだった夫の健治やそのマージャン仲間の男たちだった。眞須美個人を事件前から悪く思っていた地元住民もいないわけではなかったが、ほとんど見当たらないのだ。

 忘れられないのが、眞須美が行きつけだった地元の美容院の女性の証言だ。

事件前、あの人のことはニコニコして、愛想のいい人だと思ってたんですよ。でも事件が起きた後、マスコミの人が次々取材に来て、色々話を聞かされるでしょ。それで、そんな悪い人だったのか……と思うようになったんです」

 眞須美は壮大な保険金詐欺に手を染めてはいたが、それはカレー事件が起きるまで地元住民たちも知らなかったことだ。筆者が調べた限り、眞須美は地元では波風を立てずに生きており、事件以前から地元で嫌われていたというのもマスコミが広めた誤解のようなのだ。


■泣いていた最後の面会

 2009年4月21日、最高裁に上告を棄却されると、その約1カ月後に死刑確定する頃まで眞須美のもとには連日、マスコミや支援者らの面会が殺到した。死刑囚の処遇になると、親族や弁護人以外との面会や手紙のやりとりがほとんど認められなくなるためだ。

 この時期は「少しでも多くの人に会っておきたい」という眞須美の要望により、面会希望者は連絡を取り合い、常に3人1組で眞須美を訪ねていた。1回の面会で3人まで同席できるためである。筆者が5月1日、最後に面会した際もテレビ記者や雑誌編集者と一緒だったが、この時の眞須美の様子は今も忘れがたい。

「今は毎朝、死刑執行に呼び出される夢でうなされて、目を覚まします。夢の中で私は、『こんなに早いんですか!?』と言いながら、泣き泣き連行されていくんです」

「私のことをカレー事件の犯人だという人はみんな、報道でそう思っているだけです。裁判の中身を見たら、私を絶対に死刑にできないはずです。犯罪の証明なんて何もできていないんですから」

 面会はこの日が初めてだというテレビ記者に、眞須美は必死にそう訴えていた。ふと見ると、涙が頬をつたっていた。健治によると、眞須美は以前から「面会に来てくれる人の前では明るく振る舞ってるけど、実際はもう心も体もボロボロやで」と話していたという。死刑が事実上確定していたこの時は、感情の高ぶりを抑えられなかったのだろう。

 あれから6年。今年、弁護側の鑑定依頼を受けた京都大学の河合潤教授が有罪の決め手になったヒ素の鑑定データを再分析し、「林家にあったヒ素」と「現場で見つかったヒ素」が異なる物だと判定。河合教授の鑑定書や意見書はすでに和歌山地裁の再審請求審に提出されており、その行方が注目されている。再審が始まれば、眞須美も法廷に立つことになるが、筆者は最近、その姿がリアルにイメージできるようになっている。
(取材・文・写真=片岡健)

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ノンフィクションライター。全国各地で新旧様々な事件を取材している。著書に『平成監獄面会記』(サクラBooks)、編著に『桶川ストーカー殺人事件 実行犯の告白』(KATAOKA)など。同書のコミカライズ版『マンガ「獄中面会記」』(カルトコミックス、作・塚原洋一)が8月8日に発売。
Twitter:@ken_kataoka

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