「ただ、雨の降らないとこで寝たい」池袋からドヤ街・山谷まで歩き道に倒れていた男と出会って
■そこは、パラダイス底辺
山谷、僅か約1.65平方キロメートル程度の小さな区域に簡易宿泊所が密集する、大阪の釜ヶ崎、横浜の寿町に並んで日本三大ドヤ街のひとつだ。ドヤとは宿(ヤド)とも呼べぬほど祖末なものであるという差別的な呼称であり、最近では簡易宿泊所、略してカンシュクなどと言うこともある。かつて日雇い労働者の街として知られた山谷も、時代の変化や高齢化によって、福祉の街へと変わり、今や「看護の街」とすら言われるようになった。私は写真家として、2006年から7年間、山谷で帳場の仕事をしながら移り行く山谷のあり様を見つめてきた。もちろんそこには厳しい現実もあるが、世間の人びとが抱く山谷へのイメージとは違う一面はあまり知られることはない。それは60年代に始まった山谷闘争という暗い歴史のイメージが強過ぎるからであろう。山谷にはかつての残り香と、時代の波に飲み込まれながらも右往左往する人たちのドラマがある。それは、見方を変えればパラダイスでさえあるのだ。それは今、撮影している築地市場にも共通して言えることだと感じている。
■第一回 「年金を息子に奪われ、騙され、隅田川に散った老婆」
■第二回 「山谷に降った小便の雨!? おかしな磁場と、ものぐさ外国人の謎」
■第三回 「おっさん達も仰天、山谷にハイテクアジト現る!」
■新春早々
去年、テレビ朝日『たけしのTVタックル』に山谷を撮り続ける写真家として出演したのだが、さすがにかつての山谷を知るビートたけしさんのトークは実に聞いていて興味深いものがあった。テレビではすべてが放送されてはいなかったが、当時の「当たり屋」事情も色々と語ってくれたので機会があれば是非紹介したい。
ちなみに山谷・泪橋交差点からちょっと入ったところに「あたり屋」というパチンコ屋がある。ネーミングがなんとも下町らしい。かつては「あたり屋」の前の道路は「山谷銀座」と呼ばれ、労働者が帰ってくる時間帯になると屋台がいくつも並んだという。
さて、今回の話は2012年の1月5日のこと。都心と違ってまだ正月気分で開いていない店も多い山谷。大晦日にかけて結構な雪が降り、街も相当冷え込んでいた。山谷の最寄り駅は南千住であるが、隣の三ノ輪まで歩いてもそう遠くはない。「アラーキー」こと写真家・荒木経惟もこの街の生まれだ。下町情緒あふれる商店街で賑わう三ノ輪は、都営荒川線も通っており商店街は結構な賑わいを見せている。山谷のドヤに住んでいる人も三ノ輪まで買い物に行くことは多々あるので、大きくいえば「山谷文化圏」といえるかもしれない。
■道に倒れているおじさん
その日はなんとなく商店街に寄ってから帰ろうと、山谷から三ノ輪の方へ歩いていると、ちょうど中間あたりで道の脇におじさんが倒れているのが目に入った。路地からマンションのちょっとした隙間に頭をつっこんだ形で、倒れているのか、寝ているのか定かではない。ちょっと小汚い服を見るに、山谷で酔っ払ったおじさんが寝ているのか。
私は、山谷を撮影している中で、街で暮らす人々にそうやたらと手を差し伸べないことにしている。事態が急迫していれば別だが、自力でやれる限界までは介入しない、非情かもしれないがある一定の距離というものは必要だと考えている。そんなわけで、普段なら声もかけずに通り過ぎてしまうのだが、その時はなんとなく違和感があり、声をかけてみた。
話しかけられたことに不快感を示しているわけではなさそうだが、おじさんは余程疲労がたまっていたのか、「あー、うー」と言葉にならぬ声で何かを話している。
何回か聞いていると、どうやら山谷はどっちかと聞いていることがわかった。その風体ゆえ山谷から来たのかと思ってしまったが、どうやら、この人物は北区の人で生活保護の申請をしたところ、山谷の方で安宿を見つけてこいと言われたらしく、池袋の方から何日もかけて歩いて来たのだという。
とはいえ正月では福祉センターもやっていない。雪も降っていたのに一体いつから歩いてきたのかと尋ねると、「出発したのはたしか25日ですわ。初めはあんまり寒いもんだからサウナとかに泊まったりしてたんですけど、すぐに金もなくなってしまって……。雪も降るし、駅で寝たりしながらやっとここまで来たんす」と、か細い声で言う。
風がないとこで、風がないとこで、と何度も言っていた。
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