魚臭症「TMAU」 ― 死んだ魚の臭いがする奇病で社会から拒絶された美女・カミーユの場合

 近くにいる人のヒドイ体臭や口臭は確かにツライ。「スメハラ」という言葉が生まれるくらい、最近は「匂い」に対して敏感な人が増えてきた。しかし、世の中には体臭どころか、「死んだ魚の匂い」がする症候群があるという。


■小学1年生の時から始まった「魚臭症」…屈辱に満ちた子ども時代

 この病を持つカミ―ユ(仮名)は美しく頭の良い女性だ。彼女は元モデルであり、同時に大学院では成績優秀な学生だけのサークルの会員にも選ばれた。これだけを聞くと彼女はまったく完璧な人物のようだが、たったひとつの難点があった。彼女の身体からは腐った魚の匂いがするのだ。

 人間は本能として、腐敗した食物や有害な食べ物を避けるために、死んだ魚の匂いに敏感である。そしてカミ―ユの体臭は人が嫌うまさにその匂いなのだ。さらに悪いことには、彼女は自分では自らの体臭がわからない。そのため周囲が悪臭に耐え難くなっていても、対策を講じることができないのだ。

 彼女の子ども時代は楽しいものではなかった。この症状は彼女が小学1年生の時からはじまった。ある日学校でカミ―ユは教師の1人から、毎日シャワーを浴びているのかと聞かれ、それから彼女は教室の隅に座らされた。他の子どもたちは彼女を「化け物」と呼び、彼女から馬糞や死んだ魚の匂いがすると嘲った。

 そのほかにも、彼女は幼少期に数々の屈辱的な経験を受けてきた。カミ―ユは「中学校の時には、学校の食堂で多くの生徒たちに部屋の隅に追いつめられ、ツナサンドウィッチを投げつけられたこともありました」と語る。

 

魚臭症「TMAU」 ― 死んだ魚の臭いがする奇病で社会から拒絶された美女・カミーユの場合の画像1画像は「Wikimedia Commons」より

■社会からの拒絶

 カミ―ユが成人して、職についてからも辛い経験は続いた。一番初めの仕事は金融窓口だった。彼女の上司は、彼女が座っている周りに防臭スプレーや香水を撒き、その後、彼女を他の社員から隔離された場所の仕事に回した。

 カミ―ユの長年の夢は教師になる事であり、教職に就いたこともある。しかし、数カ月後ストレスのあまり退職した。彼女が教えている時、生徒は決して近くに寄ってこないし教室全体に腐った魚の匂いが漂った。ある時は学校の広い講堂が彼女の体臭でいっぱいになったという。生徒たちは彼女に「ミス・フィッシー(魚女)」とあだ名をつけた。

 当然、彼女の教師としての仕事は非常に難しいものとなった。彼女は、自分は匂っているのか、人が自分のことをこっそり笑っているかどうかで頭がいっぱいになってしまったと話す。もちろん彼女はさまざまな対策を試みたが、不幸なことに彼女の体臭は防臭スプレー等で簡単に隠せるような種類のものではなかった。

 当然だが、彼女にとって社会生活はただ苦痛であった。男性と親しくなりかけても、彼には自分より良い女性がいるはずと思ってしまうと話す。彼女は言う。「私はいつも自分を怪物だと思ってきました。自分は人間でないと思ってしまうのです」そして彼女は、ますます社会から孤絶していった。彼女は絶対的に必要な時しか、外出しないようになった。

 そして彼女は自殺を考えた。「私にはまったく救いも希望もありませんでした。また人から馬鹿にされたり、自分を怪物のように感じる事に疲れたのです。だから死のうと思ったのです」と当時を振り返り、その後彼女は重いうつ病に罹り、自分の体臭の謎について30年近く悩み続けることになった。


■魚臭症(Trimethylaminuria)、TMAUとは

 カミーユは医者に助けを求め、内科から産婦人科まで何人もの医師に診察を受けた。しかし誰も体臭の原因を明らかにすることは出来なかった。

 教師を辞めて家に閉じこもっていたある日、カミ―ユはついに探し求めていた答えを見つけた。インターネットで「魚の匂いの体臭」と検索したところ、「魚臭症(Trimethylaminuria、TMAU)」という病気がある事を知ったのだ。この症状は遺伝による代謝障害によって起きるとそこには書いてあった。ある種の酵素が患者の体内では不足していてトリメチルアミンという化学物質を上手く代謝できない。そのため体内にトリメチルアミンが蓄積して体臭、汗、唾、呼気から腐った魚の臭いがするのだ。そしてほとんどの食物――卵、肉、豆、牛乳、チーズ、パン――によって、トリメチルアミンが体内で蓄積される可能性が有るともいわれている。この患者の体臭は、摂取した食物によってさまざまに変化することも記されており、またこの病を持つ人のために「TMAU Foundation(魚臭症財団)」という組織があることも知った。

 そこでカミ―ユは早速「TMAU Foundation(魚臭症財団)」に連絡を取った。この財団の創設者はサンディーという女性で、彼女も長い間この魚臭症に悩んでいた。カミ―ユと違い、サンディーはずっと自分から悪臭が発生していることに気づかず、下水管の故障と思っていたと話す。しかし、ある日オフィスの悪臭に悩んでいた同僚たちからついに「悪臭の元は君だ」と告げられたのだ。

 サンディーは自分の体臭の理由を知るために多くの時間を費やし、また300万円以上も使って、不必要な手術を8回も受けていた。しかしある時歯科医が、彼女の口臭は魚臭症候群によるものではないかと考え、米フィラデルフィアにあるモネル化学研究所のジョージ・プレティ医師を紹介した。プレティ博士はこれまで世界で600例しかない、この稀な症状の専門家であった。

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