世界中の論文“3万本以上”が誤りだった? 恐るべき実験用細胞の汚染の実態

■なぜ汚染が起こるのか

世界中の論文3万本以上が誤りだった? 恐るべき実験用細胞の汚染の実態の画像4画像は「PLOS ONE」より引用

 それにしても、なぜ細胞の汚染がこれほど多発しているのだろうか? そして研究者たちはなぜ自分の使っている細胞が間違っていることに気づかないのだろうか? 我々は生物学に詳しい理学博士X氏に解説を依頼した。X氏曰く、実験中の細胞がコンタミネーション(汚染)を起こすことはそれほど珍しくないという。

「実験を行うクリーンベンチ(無菌実験台)の清掃が不十分だったり、培地や試薬の使い回しだったりちょっとした不注意でコンタミネーションは起こります。混ざったのがカビや細菌だと見た目でわかることもあるんですけど、別の細胞の混入とかマイコプラズマ感染なんかは検査しないとわかりません。なので、日頃からの準備や対策に加え、正しい細胞が育っているかの検査が重要になります」

 実験用細胞の汚染は1960年代にはすでに報告されていた。だが、検査方法が確立してきたのは1990年以降であり、細胞バンクなどの専門機関以外の研究者にも汚染が重大な問題であると周知され始めたのは2000年以降であるという。

「育てたい細胞を入れた培地の中に、例えばHeLa細胞なんかの増殖速度の速い細胞が混ざってしまうと、育てたい方はちっとも増えず、混入した方だけが増えてしまうなんてことは容易に起こります。同じ実験室で複数種類の細胞を扱うことはそう珍しいことじゃないですから、ちょっとした拍子に混入してしまうことがあります。細胞の見た目や性質で混入がわかることもありますが、やはり検査してチェックしないといけません。ICLACのリストが示すように、取り寄せた細胞ですら実は間違っている可能性があるんですから、検査はやっぱり必要ですよね。でも、まだまだ徹底されていないということです」

 HeLa細胞は世界で初めて培養・株化に成功したヒト細胞である。培養・増殖しやすく扱いやすい細胞であるため、現代でも世界中で数多くの研究に利用されている。だが増殖性が高いことが災いし、別の細胞を育てている容器に紛れ込んで、すっかり入れ替わってしまうようなことがしばしば起きる。これまでに発覚している汚染の事例でも、HeLa細胞の混入は非常に多い。実に驚くべき増殖能力である。

「コンタミした細胞を使っていたと判明したからといって、論文の取り下げまでは必要ないでしょうけど、その旨は記載しておいてほしいですね。読まずに済みますから」

 最近では細胞の汚染問題は広く周知されつつあり、論文投稿の際には使った細胞の検査を求められるようになったという。それでもなお、誤認細胞を使った研究は世界中のあちこちで続いている。検査するにも当然お金と時間がかかる。頭の痛いことですね、とX氏は呟いた。


参考:「Daily Mail」「Radboud University」「PLOS ONE」、ほか

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文=吉井いつき

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