90歳の孤独なロッカーが見つめる「死」の変化とは? 最高に格好いい自由人を描いた映画『ラッキー』が素晴らしい!

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 これこそ、21世紀に誰もが抱える問題に挑んだ作品ではないだろうか?

 主人公は老人だし、派手なアクションも恋愛もない。しかし、主役ラッキーは誰もが思わず感情移入したくなる我の強い人物として登場し、死を予感する年齢となった人間の心の移りゆきを丁寧に見せてくれる。 

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 映画『ラッキー』の舞台はアメリカの片田舎、大きなサボテン、彼方には何もない荒野が広がり、風の音が響く。主人公ラッキーは90歳、毎日のように目が覚ますとタバコに火をつけ、謎のヨガ体操を始め、冷蔵庫からコップ一杯の牛乳を取り出して飲み干す。それから行きつけのカフェに繰り出すのだ。同じ日常がずっと続いていくように思えるが、ある日、ラッキーは倒れ、自分にも死が到来することを実感する。

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 主演のハリー・ディーン・スタントンは、『パリ、テキサス』『レポマン』『ツイン・ピークス』などで知られ、2017年9月に91歳で亡くなったことから、この映画が最後の作品となった。

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「ハリーの俳優としての一番の信条は、“演じない”ということだった。彼は役そのものになるので、演じているという事実を受け入れない」と、ジョン・キャロル・リンチ監督は語る。

 事実、映画のなかで、ハリーはラッキーそのものであり、そこで描かれる頑固で独立独歩な生き方はハリー自身のものと言える。ここで思い出されるのは、ソフィー・ヒューバーが監督したハリーのドキュメンタリー『Harry Dean Stanton: Partly Fiction』(2012年)である。そのドキュメンタリーがあったからこそ、映画『ラッキー』は生まれたといえる。その原案は、2015年にハリーのために考えられたもので、最初からラッキーのモデルがハリー自身なのだ。そんな特殊な事情から、この映画の強烈なリアリズムが生まれている。

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 ラッキーは、カフェで砂糖とミルクをたくさん入れたコーヒーを飲みながら、新聞のクロスワードパズルに耽り、テレビのクイズ番組の時間に合わせて自宅に戻ってくる。わからない言葉があれば、すぐに辞書で調べたりするあたりは、俺はまだ頭の方もしっかりしているんだぞと言わんばかりだ。

 夜になれば、「エレインの店」を訪れ、いつものようにブラッディ・マニアを飲む。その店には、デヴィッド・リンチ監督が演じる常連客のハワードがいる。ハワードは、ルーズベルトと名付けたリクガメを飼っており、その日はカメが行方不明になったと嘆いている。別の日には、自分の全財産をそのカメに遺産相続させるために弁護士を連れてきたりする。リンチ監督は、ハリーとは数々の作品を共にしてきた良き友人であり、その2人のやりとりはこの映画の大きな見所のひとつである。ルーズベルトと思われるリクガメが映画の冒頭や終盤の風景シーンの中にさりげなく映っているので見逃さないで欲しい。

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 人間が「死」を見つめたとき、動物もまた「死」を迎えるという意味で“友”であると捉え直すところも興味深い。

 もうひとつ、筆者が印象に残ったシーンとしては、ラッキーが最初に倒れるきっかけとなった赤いランプの明滅である。飲んだ帰りの夜道でも赤いネオンに照らされると、ラッキーは現実と幻影の境を彷徨っているような表情を見せる。

 普通なら見過ごしてしまうシーンかもしれないが、その赤い光が死の到来を象徴しているなら、「死」は怖いものというよりドラッグ体験に似た意識の変容状態としても捉えられているように思えてならない。

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