李岳凌(リー・ユエリン)という写真家がいる。
台湾を代表する若手写真家の1人であり、Young Art Tipeiでグランプリを獲得。昨年末に初の写真集『RAW SOUL』を、「写真界の芥川賞」と呼ばれる木村伊兵衛写真賞作を何点も出版してきた日本の「赤々舎」から刊行した。
『RAW SOUL』李岳凌/赤々舎
李さんは異色の経歴の持ち主だ。ITエンジニアからサウンドアーティストを経て写真家へと転身。その背景には、現代に生きる生身の一個人が世界と繋がる術を獲得するまでの苦悩と葛藤が垣間見える。
そのなかから生み出されたイメージは光と闇の間を、抽象と具象の間を絶え間なく往還し、あたかも現実世界と精神世界との間をたゆたっているかのような感覚に見る者を陥らせる。
台湾のほの暗い路地裏をコンパクトデジタルカメラを手に歩き回り、そこにある事物、眼前に起こる事象を切り取るなかで、李さんは何を見い出し、何を考えているのか。ご本人に伺った。
■現実に在りながら、現実を超えた何かを求めて
『RAW SOUL』李岳凌/赤々舎
――『RAW SOUL』は李さんの身の回りにある事物を撮ったスナップ写真をまとめた作品集ですが、言葉では解説しがたい独特の揺らぎ、空気感を感じます。普段、どのように撮影しているのですか?
李 写真を撮りに出かける時は具体的な設定は持たず、未知なる何かを発見したいという思いで撮ります。能動的に被写体を狙い定めて撮るスタイルではなく、受動的に何かを聴き、ただキャッチしている感覚なのだと思います。
――写真集の構成、写真のセレクトはどのように?
李 出版元である赤々舎の姫野希美さんとADの松本久木さんと私との3人で議論を重ねながら作り上げました。猟奇的でドキュメンタリータッチのイメージ、もしくは意味を成さない写真は全て省き、残ったのは私個人の視点や観点が感じられるもの、エモーショナルな強度の高いもの、見た人に何かを連想させる力を秘めたものといった、難解で意味深長な写真ばかりでした。
――多くが夜間や暗い場所で撮られています。なぜでしょう?
李 暗闇に浮かび上がる色彩に惹かれているのかもしれません。夕暮れ時の紺色、夜に煌めく台湾の廟の赤、ネオンのような人工光源から崩れたホワイトバランスによって発する青みなど、これら全てが私の感情に揺さぶりかけるんです。
それと、暗い場所に身を置くほうが集中できるということもあります。「何かを見つけ出したい」という意識を持たずに、自分と世界がめぐり合ったと感じた時に、自分の内から発せられる声に集中できますから。音楽を創っていた頃から薄暗い環境で作業することが多かったんです。暗いということは視覚的なノイズがないことだから、聴くことに集中できる。ディープでピュアな領域まで行けますからね。