■小谷に残るマタギの伝統、自然観、宗教観
ーー本の中に出てくる猟師さんはどんな方なんでしょう?
野村 十郎さんというベテランの方でバツグンに腕のいい本物の猟師。山に入ると足も彼に敵う人はないんですよ。
ーー地元の人の中に入り込んで撮るのは難しかったでしょう?
野村 当初は体力的には少し大変でした。そもそもアラヤシキだって冬はカンジキを履いて2時間くらい結構な急登を行くし、猟の時は、普通は山道を行くけれど、ライフルで獲物を撃ち獲ったらけもの道に入ることになりますからね。そうなると足がかなわない。
ーー置いてきぼりにされるようなこともあったのでは?
野村 ありましたよ。無理に付いていったら帰れなくなったと思う。撮りたいから必死に走って追いかけても、結局は足手まといになる。少しだけれど私には山登りの経験があるんですが、撮影を決めた時から体も鍛え直したんです。走り込みをしたり。でも、少しでも過信すると絶対に危ないです。山は。
ーーそういう時はどう対処を?
野村 自信が無い時は、待ちました。動いてしまったらどこにいるのかもわからなくなってしまうから。ただ、本気の時とは違って、私を連れて行く時には配慮していただいて、そんなに無茶な場所には行っていないと思いますけどね。
ーー小谷村にマタギの文化はあるんですか?
野村 脈々とはあるんです。マタギというのは秋田の阿仁マタギのことなんですけれど、山を渡り歩いていたから独特の猟法と宗教観を持ったコミュニティが県を越えて山間の村に点在しているんです。十郎さんも、お話から、その意思を継ぐ末裔の1人だと思いました。信州で今もマタギの伝統を守って猟をしている地域には他に秋山郷とかがあるんですけれど、秋山郷の方がはっきりとマタギの伝統を残しています。
ーー小谷村では潰えそうということ?
野村 小谷ではもう伝統猟は無理なんです。人が少なすぎて従来の巻き猟のような熊追いはできない。でも、自然観や宗教観は伝え残されています。熊を獲ったら集落のみんなに分配して、山の女神に捧げて、そういう信仰を守っているという話は聞きました。秋山郷では今もあえて春の熊追いの巻き猟をやっていて、ライフルは使わないんです。昔ながらの追い込みをやって散弾で狩る。「俺たちはハンターじゃない、マタギだ。」って言い切る文化が残っている。
ーー十郎さんの生業は?
野村 「山の人」ですよ(笑)。彼からはいろんなことを教わりました。「山に女の神様がいるから、ほんとは女を連れて行くと獲物が捕れない」とか。
ーー風習の部分でも女性が猟に同行して撮る難しさはあるかと思っていました。
野村 本当はダメみたいですね。山の女神が嫉妬するから猟の前日には女に触れないとか、獲れない時は山に向かって男性器を出して、女神を喜ばせてからもう一度狙うとか。そういう昔の言い伝えも残っているらしいですから。