地震の凄まじさと脅威を取材! 阪神大震災が起きた時のママ残した恐怖の断層、311体験施設も…村田らむが北淡震災記念公園に潜入!

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――B級スポット、樹海や禁断の土地、ホームレス取材を得意とするルポライター村田らむが寄稿!

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 今回、足を運ぶのは、淡路島の北西部にある『北淡震災記念公園』である。

 1995年1月17日に発生した、阪神淡路大震災を記念して作られた施設である。

 前回に引き続き、音楽家で怪談師の下駄華緒さんに自動車で運んでもらった。

 さっそく公園内にある『野島断層保存館』に入った。

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 エントランスホールの受付の前には、倒れた高速道路、横転したトラックが再現されている。トラックの横には段ボールがバラバラと転がっている。なかなか衝撃的なスタートである。

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 しばし見ていると、下駄さんが

「この段ボール全部、同じシワの寄り方している?」

 といらんことに気がついた。

「たぶん、この段ボールの型をとって、その方で石膏かなんかで作ってるんじゃないでしょうかね? 本物の段ボールだと耐久性が弱いから」

 と説明する。下駄さんは、

「なるほど!!」

 と納得していた

 変な時間が過ぎて、奥へ進む。

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 先に進むと当時の写真などがたくさん貼られていた。フィルムカメラで撮られた今から思うと懐かしい画像である。

 当時もう大人だったから、なんとなくつい最近だったような気がするけど、もう25年、四半世紀も前なんだなあと少し驚く。

 今から、25年後は2045年か……生きてる自信はないな。

 そしてさらに先に進むと、巨大なホールに出た。ずっと先までかまぼこ状の天井が続いている。

 地面には砕けたアスファルトやせり出した断層が見える。エントランスホールにあった横転したトラックのような作り物かと思ったが違った。

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 野島断層をそのまま保存しているのだ。だから、『野島断層保存館』なのだ。約10キロメートルある野島断層のうち、185メートルを保存している。表面は風化しないように、ニスのようなもので固められているようだった。

 地震により上下に50センチ左右に130センチズレたという。言葉にするとたいしたことない気がするが、実際に目にするとなかなか凄まじい。

 アスファルトも当時壊れたままの姿で保存してあるし、植木も断層によってズレたまま現在も栽培されている。ほぼ地震が起きた時のママなのだ。放置していたら、数年であとかたもなくなくなっていただろう。

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 最後には、断層をスッパリ縦に切って、横から見ることができるゾーンがあった。日本刀で袈裟がけに切ったかのように、斜めにザクッとズレていた。

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 こりゃ断層の上にいた人は、世界がひっくり返ったような衝撃を受けるはずだ。

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