「タトゥー裁判、無罪確定」を勝ち取った彫師・増田太輝インタビュー! 5年間の大阪タトゥー裁判を振り返る!
——控訴審の逆転無罪で流れは大きく変わりました。検察が上告して最高裁に持ち込まれましたが、今回の上告棄却で完全勝利が確定しました。
増田 最高裁から送られてきた判決文で、僕の職業欄には『彫り師』と書かれていました。彫師という職業が認められたんです。5年前に石を投げたことは決して間違いじゃなかったと確信できました。
——その判決文では「タトゥーを身体に施すことは古来我が国の習俗として行われてきた」「他方において、タトゥーに美術的価値や一定の信条ないし情念を象徴する意義を認めるものもおり」とあり、タトゥーを医療行為ではなく、歴史あるひとつの文化として解釈してくれている点も素晴らしいなと思いました。
増田 このことで風穴をあけることができました。新しい風が入ってくるといいですよね。プロの彫師の協会『日本タトゥーイスト協会』も立ち上がり、僕はまだ協会員の一人ですが、関係者の方々とみんなで協力して盛り上げていきたいと思っています。
——プロの彫師を対象とした業界団体「日本タトゥーイスト協会」は、弁護団の一人、吉田泉弁護士が顧問を務め、諸外国の状況を参考に将来的には彫師のライセンス制などを目指しています。今回、裁判で勝利したことで、ここから改めて、彫師としての生活が始まりますね。
増田 これまで彫師としての仕事ができない状態が続いていたので、まずは止まっていた時間をゆっくりと動かしていきながら、支援してくださったたくさんの方々に恩を返していきたい。
——太輝さんの粘り強い闘いによって、日本のタトゥーの自由は守られました。彫師としてのこれからの展望などを聞かせてください。
増田 僕はずっとアメリカントラディショナルが好きで、それもお客さんのオーダーで一点もののカスタムデザインを仕上げるニュースクールを探求してきました。カラーワークが得意なので、お客さんといっしょにオリジナルなスタイルを作り上げていきたいですね。
——タトゥー裁判の勝利で太輝さんは確実に世の中を変えました。これからの彫師としてのますますのご活躍を応援しております!
■増田太輝(ますだ・たいき)
1987年沖縄県生まれ、大阪在住。あるイベントでタトゥー実演を見たのがきっかけでタトゥーと出会う。その後、お気に入りの彫師さんたちにタトゥーを彫ってもらいながらタトゥーを学んだ。自分の足でタトゥーの練習を続け、最初に他人を彫ったのは実の母親や兄であったという。2010年に自分のスタジオをオープンし、やっと軌道に乗ってきた2015年、医師法違反の疑いで書類送検される。5年間の法廷闘争の末、2020年に無罪確定となる。現在は、彫師としての活動を再開し、それぞれのお客さんの要望に応え、一点もののカスタムデザインでオリジナリティあるれるカラーワークを追求している。
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2024.10.02 20:00心霊「タトゥー裁判、無罪確定」を勝ち取った彫師・増田太輝インタビュー! 5年間の大阪タトゥー裁判を振り返る!のページです。タトゥー、増田太輝、タトゥー裁判、彫り師などの最新ニュースは好奇心を刺激するオカルトニュースメディア、TOCANAで