あったのは食欲と性欲だけ…? 壊れた母性本能とグレることすらできなかった少年! 末井昭の性格が捻じれた少年期~青年期とは?

押入れの中で2匹の子猫を見守る〈ねず美〉ちゃん(写真:神藏美子)

 オバサンに暴力をふるったりはしませんでしたが、オバサンがぼくの新しい母親だということにどうしても納得できなくて、辛く当たっていたこともありました。そういう積み重ねで、ぼくとオバサンは親密にはならなく、オバサンは弟を可愛がり、弟もオバサンとは仲が良かったようです。

 オバサンは年を取ってから精神がおかしくなり、精神病院に入っていました。父親は寂しくなりたまに連れ戻すので、一度両親が一緒にいる時に会いに行ったことがあるのですが、オバサンは、ぼくが持って行った土産の饅頭を「毒が入っとる!」と言って、箱ごとぼくにぶつけたことがありました。切ない思い出です。

 中学校は家から4㎞ほど先にあり、自転車で通っていました。親友もいなかったし、部活動も男子は軟式野球などのスポーツ部に入るのですが、ぼくは花壇に花を植えたりする、女子しかいない園芸部に入っていました。

 記憶に残っていることは中学の3年間、いつも成績がトップだったことぐらいで、担任の先生が高校に進学するようぼくに勧めていました。その頃は、中学を卒業すると都会へ働きに出る生徒が半分ぐらいいたので、ぼくも卒業したら大阪に働きに出ようと思っていたのでした。

 担任の先生はぼくの家までわざわざ来てくれて、父親にぼくを高校に進学させるよう頼んでいました。父親はぼくに早く働いてもらいたいと思っていたはずですが、奨学金もあると言う担任の先生の説得で、ぼくは高校に行くことになりました。

 担任の先生は、ぼくに大学まで行ってもらいたいと思っていたと思いますが、ぼくは早く働きたいとばかり思っていて、就職に有利だと思って、岡山県立備前高校の機械化に入りました。担任の先生はガッカリしていたそうです。

 この高校は今は閉校になっていますが、岡山に行ったついでに、何年ぶりかにその高校に行ってみたことがあります。外から校舎の中を見ると、廊下の壁に「覚せい剤をやめましょう!!」と書かれたポスターが貼ってありました。

 ぼくが通っていた頃は、中退してヤクザ組織に入る生徒も何人かいて、その連中がたまに教室に現れて菱形の紋の入ったドスを抜いて、机に刺して意気込んだりしていました。相当レベルの低い学校だったようで、中学時代の担任の先生がガッカリしたのも良くわかりましました。

 高校を卒業すると、ぼくが生まれ育った村ともおさらばし、二度と帰らない決心で大阪の工場へ就職しました。ぼくにとって工場は近代の象徴で、都会に出て工場で働くことが夢でした。「そんなことが夢?」とバカにされそうですが、工場とはどんな所かということがわかっていなかったのです。何となく近代的なビルの中で、何かを研究するようなことを想像していましたが、ぼくが配属されたのは24時間動いている機械の見張り番でした。細いステンレスの線を作る機械で、ステンレスの線を、その線の太さより小さいダイヤモンドの穴に通し、それをウィンチで巻き取ることを何度か繰り返し、その度にダイヤモンドの穴をだんだん小さくしていって細い線にするという仕事でした。

 機械は24時間動いているので3交代制です。8時、16時、24時と、始業時刻が1週間おきに変わります。夜勤の時はついつい居眠りをしてしまい、切れたステンレスの線が飛んできて目が覚めることもありました。細い穴に太い線を入れ、それを引っ張って細くするという乱暴な作業で、しかもかなりの高速で巻き取っているので、線が細くなるとパチンと切れることがよくあるのです。切れると機械を止め、線の先を細くしてダイヤモンドの穴に再び通し、最初はゆっくり機械を回し、だんだん早くします。するとまた切れて……。

 ずっとこんな仕事をするのかと思って、失望感に襲われる毎日でした。

あったのは食欲と性欲だけ…? 壊れた母性本能とグレることすらできなかった少年! 末井昭の性格が捻じれた少年期~青年期とは?のページです。などの最新ニュースは知的好奇心を刺激するニュースを配信するTOCANAで

トカナ TOCANA公式チャンネル