事故や心霊現象が多発!子供の死体で埋め尽くされた死の遊園地「ハッピーランド」ヤバい現在

――タイ在住歴20年の私バンナー星人が、タイ社会では馴染みの深い、妖怪、幽霊、怪談、呪術、占い、迷信といったものに光をあて、日本人の目には触れることが少なかったタイの怪奇世界に皆様をお連れします。

 

■経済格差が激しいタイで庶民に人気だった遊園地

 現在、タイの首都バンコクは高層ビルが建ち並ぶ大都会である。しかし40年以上前、1970年代のバンコクはそうではなかった。中心地を少し外れた郊外に行けば、田舎とあまり変わらない牧歌的な雰囲気が残っていた。今回は当時、人々に重宝された2つの遊園地について紹介したい。1975年に開園した「マジックランド」と、その翌年開園した「ハッピーランド」は、バンコク郊外へ休日を利用してピクニック気分で遊びに行ける「新しい憩いの場」として人気を集めていた。

事故や怪異が相次いで多発!バンコクの死の遊園地「ハッピーランド」の画像1

 

 今も昔もバンコクは貧富の差が激しい街だ。黒煙を上げながら走る20年もののピックアップトラックの横にはポルシェが並び、豪奢なホテルのバーでセレブが高級酒を味わう一方で、ホテルの裏にあるスラム街では人々が安酒で盛り上る「混沌」こそ、この街の面白さであろう。学校やスーパー、病院などの生活インフラも所得格差に応じて多様化しているため、貧富の差を問わず、自分に見合った楽しさと幸せを見つけて生活できる。 

■庶民の遊園地「ハッピーランド」

 それは、1970年代にほど近い場所で開園した2つの遊園地でも同じだった。ハイソでお洒落な家族をターゲットにした「マジックランド」とは対照的に、後から開園した「ハッピーランド」は経済的に豊かとはいえない「庶民」のための場所であった。開園時には、子どもや孫と弁当持参で来る家族連れで賑わい、乗り物からは子供たちの嬌声が園内に響き渡っていた。昭和の日本にもあったほのぼのとした幸せな風景が繰り広げられていた。

 しかし、残念ながらその「ハッピー」は長く続くことはなかった。

 富裕層相手に整備されたマジックランドとは異なり、十分な運営資金を持っていなかったハッピーランドは、移動遊園地などから格安で下取りした乗り物を使わざるをえなかった。さらに安全点検を適切に行わないままに毎日稼働し続けていたのだ。子供が楽しみにし、彼らに夢を与えるはずのメリーゴーランドやジェットコースター、足こぎボート、観覧車といった当時の遊園地にはどこにでもあるスタンダードなアトラクションは、結果的に悪夢をもたらす殺戮マシーンとなってしまった。

■メリーゴーランド、ジェットコースター、ボートで相次ぐ事故

 始まりは、長引く修理点検不備によって子供がメリーゴーランドから滑り落ちる死亡事故が発生。それを皮切りに、ジェットコースターでは墜落死亡事故、足こぎボートでは子供が池に転落し溺死するなど、重大事故が連発するようになった。ハッピーランドは悪評が広がらないように箝口令を敷いたが、悪い噂はすぐに広まり、事実に尾ひれがついて都市伝説まで囁かれるようになった。現在ならば、事故があればすぐにSNSで露見し拡散していただろう。

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