【ひとこわ】「ゴミ屋敷じゃない」ゴミ屋敷に棲む中年女の怪【『人怖』村田らむが寄稿】

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 夜半に、都心部でも人気の地域に建つ、オシャレなマンションに登った。少し年季の入った建物だったが、エレベーターや廊下も凝った作りだった。
 目的の部屋の前には、ゴミがいくつか落ちていた。汚部屋の前にはゴミ屋敷の部屋の前は、部屋からこぼれ落ちたゴミが落ちていることが多い。

 ドアを開けると、ゴムは胸の高さまであった。よじ登らないと部屋の中に入れない。
 どうしたってドアの前にはゴミがこぼれる。

 部屋の主は、じろりとこちらを睨んだ。
 神経質そうな太った中年の女性だった。
 3LDKのかなり広い部屋だったが、どの部屋もみっちりとゴミで埋まっていた。
 オシャレな建物とのギャップがすごい。
 パッと見、服や本などの物品が多いようだ。そして、キンッと頭に響くような、強いアンモニア臭がした。

 今はよそに預けているそうだが、猫を飼っているそうだ。
 猫が所構わず糞尿をしており、ほとんどの物品は汚染されていた。
 作業がはじまり、とにかく汚れが酷いものは捨てていく。しかし作業をはじめてすぐ、

「ちょっと、勝手に捨てないでよ!! それゴミじゃないんだから!! この部屋はゴミ屋敷じゃないんだから。基本的には全部いるものだから、捨てる時は了承を取って」

 と住人が大きい声で言った。
 さすがに「ゴミ屋敷じゃない」という発言には耳を疑った。
 誰がどう見ても、汚部屋、ゴミ屋敷だ。
 だが、住人はそもそも自分が住んでいる部屋をゴミ屋敷だとは思っていなかったという。

「こないだクーラーが壊れちゃって。それで修理の業者を呼ぶことにしたんだけど
『この部屋で作業するのは無理です』
 って言われて、仕方なく清掃会社を呼びました。でもこの部屋に基本的にいらない物はないの。どれも捨てたくないんです!!」

 と言った。
 しかし部屋の中にあるゴミの量は膨大な数だ。一つ一つ聞いていくと、大変な時間がかかる。しかし客にそう言われたら、業者としては従うしかない。
 彼女は、猫の糞でドロドロに汚れ、カビが生えているものでも、
「これは誰それのライブで買った大切な服だ」
 と言って、捨てるのをこばんだ。
 そんなに大事なものなら、綺麗に保存しておけばよいのに……と作業員全員が思ったが、誰も口には出さない。

 彼女の指定だけはそれだけではなかった。

「そしてこの部屋でこうやって清掃してるってことも、絶対に近所の人にはバレたくないんです。引越し業者のふりをしてください」

 ゴミ屋敷に住んでいる人は、自分の部屋がゴミ屋敷だとは周りの住人にはバレていないと思っている人が多い。
 しかし実際には、とっくにバレている。
 この部屋の周りの住人も気づいているはずだ。部屋の前にいつもゴミがバラバラと落ちている部屋は、怪しい。しかし、やはり客に言われたら、従うしかない。
 ゴミを一旦、引越し業者の段ボールに入れてから外に出して運び出す。
 ゴミ袋のまま捨てるのに比べて倍以上の手間がかかる。

 そしてクーラーが効いていない暑い部屋での作業は体力を大幅に消耗する。
 朦朧とした意識で、壁を見ると使い終えた生理用ナプキンがベタベタと貼られていた。ウッと酸っぱいものが喉に上がってくる。
 猫の糞が乾燥し、粉になったものが、体全体に付着している。もう慣れてしまって、臭いは感じなくなってしまった。
 気が遠くなるくらい、不潔だし不快だ。

 それでも何とか部屋が片付き、床が見え始めた頃には、朝日が差し込んできていた。

 しかし部屋の主は、部屋が片付いてきていることなど、どうでも良いようだった。

「ちょっと、ジーンズと傘が見当たらないんですけど。捨てちゃったんじゃないですか!? どうしてくれるんですか!!」

 と大声で怒鳴った。
 周りの住人にバレたくなかったはずなのに、興奮のあまり声をおさえられなくなっている。

 2トントラック4台分のゴミが出ていた。そしてトラックはすでにゴミを回収してくれる業者の元へ走り去っていた。
「どうやら不注意で捨ててしまったようで、申し訳ありません」
 と謝ったが、家主は納得しなかった。

「今すぐトラックを停めてくだい。私、自分で探しますから!!」

 と言った。
 彼女は駐車場に停めたトラックに入って、その中から必要な物を回収して、怒りながら帰っていったという。

 多くのゴミ屋敷を清掃してきたが、どんなゴミ屋敷に住んでいる人も
「自分はゴミ屋敷に住んでいる」
 という気持ちと
「部屋が片付いてホッとした」
 という気持ちは共通していた。
 しかしこの部屋の住人は、そもそもゴミ屋敷に住んでいる認識がなく、部屋が片付くことには一切の関心がなかった。
 物に埋め尽くされ、風呂も入れず、猫の糞が舞う部屋が彼女には“普通の部屋”だったのだ。その感覚のズレが怖かった。
 

※本稿は、『人怖 人の狂気に潜む本当の恐怖』未収録の特別原稿です!さらに怖い話は本書でお楽しみください。

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文=村田らむ

ライター、漫画家、カメラマン、イラストレーター
1972年生まれ。キャリアは20年超。ホームレスやゴミ屋敷、新興宗教組織、富士の樹海などへの潜入取材を得意としている。著書に『ホームレス大博覧会』(鹿砦社)、『ホームレス大図鑑』(竹書房)、『樹海考』(晶文社)、『ホームレス消滅』(幻冬舎新書)など。

Twitter:@rumrumrumrum

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