本当にあった“感染する狂気”…死ぬまで踊り続ける奇病「ダンシングマニア」の真相とは?
中世のヨーロッパの歴史において、寝食を忘れて身体が動かなくなるまで踊り続ける一群の人々がいた。一人が踊りはじめると、まるで伝染病のように周囲に広がっていき集団で踊り狂ったという、「踊りのペスト」や「ダンシングマニア」と呼ばれるこのあまりにも奇妙な現象はどのようにして生まれたのか――。
■謎の集団乱舞「踊りのペスト」とは?
中世から近世にかけてヨーロッパに残されている記録によれば、体力の続く限り一心不乱に踊り続ける人々がおり、まるで伝染病のように周囲を巻き込んで集団で踊り続けたという驚くべき謎の現象が起きていた。「踊りのペスト(dancing plague)」や「ダンシングマニア(dancing mania)」などと呼ばれているこの現象はいったい何だったのか?
たとえば、フランスで1518年7月の暑い夏の日に、一人の女性がストラスブール広場に足を踏み入れて踊り始めると、周囲にいた人々も一緒に踊り出す現象が起きている。女性をはじめ人々は休むことなく寝食を忘れて踊り続け、まるで伝染病のように踊る人々を増やし、8月に入る頃には数百人規模にまで膨れ上がる集団乱舞が繰り広げられたのである。
彼らは休むことなく力尽きるまで踊り続け、足が血だらけになったり、周囲にぶつかって肋骨を骨折しても踊りを止めず、失神する者や命を落とす者さえ現れた。まさに「踊りのペスト」という、死に繋がる“伝染病”であったのだ。
このストラスブールの例以外にイギリス、ドイツ、オランダでも起きていたことが記録として残されている。
では、いったいなぜこのような現象が起きるのか? 当時の医師のパラケルススは伝染性のある“舞踏病”であると見なし、一種の“集団ヒステリー”として治療の対象になると考えた。
この時代の人々の主食であったライ麦をはじめ小麦、大麦など多くの穀物に寄生する麦角菌(ばっかくきん)の集団中毒であるとする説も登場したが、真剣に検討されてはいない。ちなみに麦角菌中毒の症状には精神異常、痙攣、意識不明などがあり、死に至ることもあるという。また、「踊りのペスト」は脳炎、てんかん、チフスに関係しているという示唆もなされたが、いずれも症状あまりうまく症状を説明できなかったようだ。さらに、聖ヴィートや聖ヨハネを祭る礼拝所で発生する事例も確認されたため、聖人の呪いではないかという解釈も生まれ、信者によって祈りが捧げられたこともあったという。
音楽が「踊りのペスト」の引き金となることはなかったが、ある程度の集団になると音楽が演奏されることもあったという。ある時は音楽によって人々の熱狂を鎮めることができると考えた者が実際に演奏してみたのだが、むしろ人々を集めて踊り手を増やすことに繋がり、逆効果になったということだ。
■人類史で最初の「集団ヒステリー」なのか
この「踊りのペスト」あるいは「ダンシングマニア」とは別に、イタリアでは13世紀ごろから「タランティズム」と呼ばれる現象が発生した。
当時、伝説の毒グモであったタランチュラに咬まれた者は、体内の毒を中和するために踊り続けなければならないと考えらえていた。そして、毒グモに咬まれて踊っている者を見た他の人々も、過去に咬まれた時の毒が戻ってこないように共に踊り始めることで、次第に人数が増えていき集団舞踏となっていったというのだ。
しかし、多くのタランティズムは人々の誤解から発生していたとの指摘もあり、踊っている人を見て勝手に毒グモに咬まれたせいだと解釈して自らも踊り始めることで、多くの人々を巻き込む大規模なパニックに至ったケースがほとんどであることを、宗教史家のエルネスト・デ・マルティーノ教授が1959年に示唆している。そしてもちろん「踊りのペスト」と「タランティズム」はお互いに関係のない別々の現象であることになる。
医師や歴史家はもちろん、芸術家や作家も魅了し続ける奇妙な出来事がこの「踊りのペスト」なのだが、社会病理として捉えるアプローチもある。実際に「踊りのペスト」は人類史で最初に記録されている「集団ヒステリー」の一形態であるというのだ。
「踊りのペスト」の参加者の多くが心理的に混乱していることは確かであり、社会不安や孤独感から踊りに加わっている者もいた可能性がある。また、貧困からの現実逃避や、カルト宗教的な熱狂が「踊りのペスト」の引き金になっていたとも考えられる。
日本の江戸時代に起きた民衆運動「ええじゃないか」のように、集団で踊りながら抗議活動やデモ活動が起きる例もあり、ダンスは物理的な抗議の強力なツールにもなり得る。しかし「踊りのペスト」が意図的な抗議活動であるという説は否定されているようで、抗議というよりはもっと闇が深い社会病理である可能性のほうが高そうである。
しかし、とりわけ不思議なのは「踊りのペスト」が17世紀半ばまでに完全に消滅したように見えることで、これ以降に発生したという記録は残っていない。天然痘ウイルスのように根絶された症状なのか、それとも何かのきっかけでまた起きることあるのだろうか。謎に包まれた歴史的レア現象であることは確かだ。
参考:「BBC」、ほか
※当記事は2022年の記事を再編集して掲載させていただきます。
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