15万人の「幻の軍隊」と存在しないスパイ27人がヒトラーを欺いた!? 映画より奇なり、実在した諜報作戦10選

諜報の世界では、成功した作戦ほど誰にも知られない。私たちがその存在を知るのは、スパイが捕まったとき、作戦が失敗したとき、あるいは数十年後に政府が機密を解除したときだけだ。
そうして表に出てきた記録の中には、ハリウッドの脚本家でも「やりすぎ」とボツにしそうな話が少なくない。今回は、そんな実在の諜報作戦10件を一つずつ紹介しよう。
1. ボディーガード作戦:存在しない15万人の軍隊

ノルマンディー上陸作戦の時期と場所を隠すため、連合軍はノルウェーから南フランスまで、幻の軍隊と偽の上陸計画で本命を幾重にも包み込んだ。その目玉が、パットン将軍が率いるとされた架空の「第1アメリカ軍集団」。存在しない11個師団、約15万人がイングランド南東部からカレー方面を狙っているという筋書きだ。
立役者は二重スパイ「ガルボ」ことフアン・プホル・ガルシア。英国内に27人の協力者がいるとドイツに信じ込ませていたが、1人も実在しない。上陸3日後、彼はノルマンディーは陽動だと報告し、ドイツは7〜8月にかけて計21個師団をカレー周辺に張り付けたままにした。ドイツは彼に鉄十字章まで授けている。
2. 北極作戦:英国のスパイ網を無線の向こうから操ったドイツ
逆に英国がしてやられたのが、ドイツの防諜作戦「北極作戦」だ。1942年3月、占領下のオランダで英特殊作戦執行部(SOE)の無線士フーブ・ラウワースを捕らえたドイツは、彼にロンドンとの交信を続けさせ、工作員や武器の追加を要求させた。
ラウワースは安全確認の符号をわざと省いて危険を知らせようとしたが、見落とされたとされる。偽装は1944年まで続き、降下した工作員は着地するなり捕まった。捕らえられた59人のうち54人が命を落としている。英国が動かしているはずの抵抗組織は、2年近くもドイツに操られていたのだ。
3. ゾルゲ諜報団:東京から届いた独ソ戦の「予告」

日本の読者にとって見逃せないのがリヒャルト・ゾルゲだ。ナチス党員のドイツ人記者を装う一方、正体はソ連の情報将校。東京で駐日ドイツ大使オイゲン・オットと親しくなり、大使館の情報に接していた。
1941年、ゾルゲはドイツのソ連侵攻を警告し、ある報告では開戦を6月20日ごろと予測した。実際の開戦のわずか2日前だが、スターリンは耳を貸さなかったという。日本が南方へ進むという報告は、ソ連が極東の兵力をモスクワ防衛へ回す判断材料の一つになったとされる。同年10月に逮捕され、1944年11月7日に尾崎秀実とともに処刑された。ソ連が「ソ連邦英雄」の称号を贈ったのは死後20年の1964年だった。
4. フィナーレ作戦:アイヒマンはなぜ航空会社の制服を着ていたのか

ホロコーストの中心人物の一人アドルフ・アイヒマンは、戦後「リカルド・クレメント」の偽名でアルゼンチンに潜んでいた。ドイツ系ユダヤ人難民の父娘の情報をもとに、モサドとシンベトの工作員がブエノスアイレス近郊で数週間監視し、1960年5月11日、バス停から帰宅途中の彼を拘束した。
9日間隠れ家に監禁した後、鎮静剤を打ってエル・アル航空の乗員の格好をさせ、飛行機でイスラエルへ。アルゼンチンの主権侵害として国際問題になったが、アイヒマンは1961年にエルサレムで裁かれ、15の罪状で有罪となり翌年処刑された。
5. プランバット作戦:200トンのウランを積んだ船が空っぽで現れた
1968年11月、貨物船シェールスベルクA号がベルギーを出港した。積み荷は約200トンのウラン精鉱「イエローケーキ」。届け先はウランと無縁のイタリアの塗料会社で、ドラム缶には無害な鉛化合物の名が記され、乗組員は偽造パスポートの男たちに総入れ替えされていた。怪しさしかない航海である。
15日後、トルコに着いた船の船倉は空っぽで、航海日誌のページは抜き取られていた。後の米誌タイムの調査によれば、東地中海の夜の海上でイスラエルの船にウランが積み替えられたとされる。1977年まで伏せられたこの一件は、ディモナの原子炉向けにイスラエルの情報機関が仕組んだ取引だったと結論づけられている。
6. ポートランド・スパイ網:郊外の古書店主夫妻の正体

英国ポートランドの海軍水中探知研究所で働くハリー・ホートンと恋人エセル・ジーは、潜水艦技術などの機密を「ゴードン・ロンズデール」と名乗るカナダ人実業家に渡していた。だがその正体は、他人の身元を盗んだソ連の情報将校コノン・モロディだった。
CIAに協力していたポーランドの情報将校からの情報をきっかけに、MI5は1961年1月に3人を逮捕。捜査の糸は、郊外の平屋に住む古書店主のクローガー夫妻に行き着く。家からは強力な無線送信機やマイクロドットが見つかり、夫妻はベテランのソ連工作員モリスとロナ・コーエンだと判明した。盗まれた情報は、ソ連の潜水艦の静粛化に役立った可能性があるという。
7. ジョン・ウォーカー:兄も息子も親友もスパイにした米海軍の男

米海軍の通信専門家ジョン・ウォーカーは1967年、ワシントンのソ連大使館に自ら機密を売り込んだ。以後18年間、暗号鍵や暗号書など、米海軍の通信解読につながる情報を流し続けた。
1976年に退役した後は、機密取扱資格を持つ兄、息子、親友を引き込んでスパイ稼業を継続。綻びは娘まで勧誘しようとしたことから生じた。元妻がFBIに通報し、1985年5月、メリーランド州で機密文書を受け渡し場所に置こうとしたところを押さえられた。家族ぐるみのスパイ網は、家族の通報で幕を閉じたわけだ。
8. カオス作戦:反戦運動の黒幕探しで30万人分の名前を集めたCIA
1967年、ジョンソン大統領はベトナム反戦運動に外国の影響が及んでいないか情報を求めた。こうして始まったCIAの「カオス作戦」は、ニクソン政権下で学生活動家や黒人民族主義団体にまで対象を広げた。本来、CIAの任務は対外情報のはずである。
1974年に終了するまでに、CIAは約30万人分の名前を索引化し、約7,200人の米国民の個人ファイルを作成、100以上の国内団体の情報を集めた。それでも、外国政府が抗議運動を操っている証拠はほとんど見つからなかったという。作戦は後に、チャーチ委員会によって明るみに出た。
9. ルビコン作戦:各国が信頼した暗号機メーカーの持ち主はCIAだった
1970年、CIAと西ドイツの連邦情報局(BND)は、スイスの暗号機メーカー「クリプトAG」をリヒテンシュタインの仲介会社を通じて密かに買収した。同社の機械は一般の盗聴者には破れないが、米独の情報機関だけは解読できるよう細工されていた。
それを知らずに使った国は120カ国以上。キャンプ・デービッド交渉中のエジプト、在イラン米大使館人質事件中のイラン、フォークランド紛争中のアルゼンチンの通信が筒抜けだったと伝えられている。金庫を売った業者が合鍵を持っていたようなものだ。
10. スタックスネット:画面は「正常」のまま遠心分離機を壊したワーム
2010年に発見されたコンピューターワーム「スタックスネット」は、イランのナタンズにあるウラン濃縮施設を狙い、遠心分離機の回転速度をこっそり変えて負荷をかけつつ、監視画面には正常値を表示させたとされる。関与を公式に認めた政府はないが、米国とイスラエルの開発とみる向きが多い。
この時期、イランは最大1,000基の遠心分離機を交換している。被害の規模や核開発をどれほど遅らせたかは議論が続くが、コードが現実の機械を物理的に壊せることを世界に示した一件だった。
これらは、たまたま機密が解かれたから私たちが知っているにすぎない。今この瞬間も、成功しているがゆえに誰にも知られていない作戦がどこかで進んでいるとしたら、現実のほうがよほど荒唐無稽なのかもしれない。
参考:Listverse、ほか
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