自ら望んで目を潰した女 ― 自傷行為の“必要に迫られる”奇病

 愛ゆえに、自らの両目を針で突き、盲人になるというのは、谷崎潤一郎作『春琴抄』の筋書だが、現実にはありえそうもない話だ。自ら進んで失明するなんて、普通の人間には考えられない話だ。コンタクトレンズメーカーのボシュロムが2012年に発表した調査結果でも「世界中の人びとのほぼ70%は視力を失うより、むしろ人生のうち10年を諦めるか、手足の1本を犠牲にするほうを選ぶ」としていることからも頷ける。しかし、世の中には“必要”に迫られ、自分の瞳を潰してしまう人もいるというのだ――。


■自傷行為に駆りたてる「身体完全同一性障害」とは

 医学情報サイト「Medical Daily」(10月2日)によれば、アメリカ・ノースカロライナ州に住むジュエル・シュピングさん(30歳)は、2006年のある日、長年の夢を実現するために、液体パイプクリーナーを自分の両目に数滴落としたという。

「激痛が走り、絶叫しました。目からこぼれた液体で頬が焼けるのがわかりました。でも、自分に言い聞かせたんです。『これで目が見えなくなる。大丈夫、すべて上手くいく』って」(ジュエルさん)

 実は、ジュエルさんは「身体完全同一性障害(BIID)」という非常にまれな障害を患っているのだ。自分の身体の一部に対して強い違和感を覚え、切断願望や強迫観念を抱き続けるのが特徴で、健康でなんら問題のない身体パーツにもかかわらず、取り除きたい一心で自傷行為に至る。自分の手足を切断するために線路に横たわったり、フリーズドライしたり、崖から飛び降りたり……。かなり特殊な症状であるため、一般にはほとんど知られておらず、米国精神医学会でBIIDの存在こそ認知されているものの、正式に疾病として認められていないのが現状だ。

自ら望んで目を潰した女 ― 自傷行為の必要に迫られる奇病の画像1ジュエル・シュピングさん 画像は「Barcroft TV」より

 ジュエルさんは、6歳になる頃には目が見えることが苦痛になっていた。母親から「太陽を見ると目が悪くなる」といわれ、子供時代はずっと太陽を眺めて過ごしたという。10代に入ると黒いサングラスをかけ始め、18歳で白杖を手に入れ、20歳で点字を独学でマスターしたと話す。

「最初はそうやって盲人のふりをしてたんです。でも、だんだん真似事では我慢ができなくなってきて……。21歳のときには“失明しなくては!”という声がノンストップで頭の中を渦巻くようになっていました」(ジュエルさん)

 そして、とうとう究極の決断をする。彼女いわく「ちょうど、耳の不自由なひとが人工内耳を求めるのと同様、自然なことだった」そうだ。

 2週間にわたるサイコセラピーを受け、自分の意思が揺るぎないことを確認した後、心理学者立ち合いの元、失明のためのプロセスに入った。パイプクリーナーを点眼後、ジュエルさんは病院へ搬送された。そこにいた救急医たちは、ジュエルさんの意思に反して彼女を失明から救うため最善を尽くしたという。しかし、もくろみ通り、ジュエルさんの瞳はその後半年かけて徐々に光を失い、最終的に失明したのだった。

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