ナチス人体実験から始まったドーピングの歴史を徹底解説! ジョン・ボスリー・ジーグラー医師と魔法の薬ダイアナボル

【薬理凶室の怪人で医師免許持ちの超天才・亜留間次郎の世界征服のための科学】

ナチス人体実験から始まったドーピングの歴史を徹底解説! ジョン・ボスリー・ジーグラー医師と魔法の薬ダイアナボルの画像1
画像は「Getty Images」より引用

■ナチスの人体実験

 テストステロンは1931年に大量の男性の尿から単離された男性ホルモンの一種で、1935年にドイツの化学者であるレオポルト・ルジチカによって合成されて医薬品として利用できるようになりました。彼は1939年にノーベル化学賞を授賞しています。

 そして、1935年5月には筋肉を増大させ骨格を発達させる人体強化ホルモンであることが発見され、1937年にはドイツで人間に注射する人体実験が始まっています。ナチスドイツはこのまま第二次世界大戦に突入し、数多くの人体実験に手を染めたことは皆さんご存じのとおりです。

 戦後、人体実験の資料は全てアメリカに押収されて、どんな実験が行われていたのかは公開されていません。一説には兵士に投与してドーピング強化人間を作っていたとも言われていますが真偽のほどは謎です。

 アドルフ・ヒトラーの主治医であったテオドール・モレルは、ヒトラーにテストステロンを頻繁に注射していたと証言しています。実はヒトラーはドーピングしていたのです。

 ナチスドイツの薬物強化兵士は特に成果を上げないまま終戦を迎え、その人体実験の記録はアメリカに渡って機密の中に埋もれました。

■ドーピングの父現れる

 東西冷戦真っ盛りの中でソビエトに勝つことがアメリカにとって重大な問題になっていた時代、テストステロンよりも副作用が無く強力な筋肉強化薬物の研究が行われるようになりました。

 ジョン・ボスリー・ジーグラー(John Bosley Ziegler、1920〜1983)は医大に在学中に第二次世界大戦が始まり、卒業後はインターン先の病院が海兵隊の野戦病院だったというハードな研修医生活を送った人物です。

ナチス人体実験から始まったドーピングの歴史を徹底解説! ジョン・ボスリー・ジーグラー医師と魔法の薬ダイアナボルの画像2
ジョン・ボスリー・ジーグラー。画像は「Starting Strength」より引用


 アメリカ海兵隊の軍医将校として太平洋方面に従軍して、激戦地で日本兵に撃たれて重傷を負って長期入院した経験から、戦後は障害が残るような重傷患者の回復治療を専門に行い、多くの負傷兵の社会復帰に貢献しました。

 その後、医師の仕事をしながら趣味でウェイトリフティングの選手になり本も執筆しています。選手に医学的なトレーニングを導入した初期の医師の一人でもあり、ウェイトリフティングのオリンピック選手にしてプロボディビルダーのジョン・グリメクの主治医も勤めています。

 まだドーピング検査自体が行われていなかった時代にCiba社(現在のノバルティス社)の支援を受けたジーグラー医師は、戦後にアメリカが没収したナチスドイツが行ったテストステロンを使った人体実験の研究資料を閲覧する機会を得ます。

 ナチスドイツの強化兵士の人体実験資料を見て、ジーグラー医師は筋肉強化薬物を探し始めます。そして、1958年にCiba社によってアメリカで製造された男性ホルモンの一種であるアナボリックステロイドのダイアナボル(Dianabol)に、筋肉増強作用があることを発見しました。

ナチス人体実験から始まったドーピングの歴史を徹底解説! ジョン・ボスリー・ジーグラー医師と魔法の薬ダイアナボルの画像3
ダイアナボル。画像は「Wikimedia Commons」より引用

 ジーグラー医師はダイアナボルを1960年ローマオリンピックのウェイトリフティングチームに投与してドーピングを行い、金メダル1個、銀メダル3個を獲得する快挙を達成しています。

56kg級 チャールズ・ヴィンチ 金
62kg級 I・バーガー 銀
77kg級 Tommy Kono(日系アメリカ人:河野民生) 銀
105kg級 ジェームズ・ブラッドフォード 銀

プレスリリース入稿はこちら サイゾーパブリシティ