「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」本当にあった愛人の怖い話! 父の美しい愛人、狂いゆく母…怪談『水の女』!
そんなある日、まだ夜にもならないうちに、父が赤いミニドレスを着た女性を連れてきた。
母は留守にしており、知美さんと妹はスクールバスで日本人学校から帰ってきたばかりだった。
黄昏時の室内で、女性が身につけた金色のネックレスと指輪がキラキラと眩しく輝いていたことを、知美さんは憶えている。
艶やかな長い髪。真紅のマニキュアと同じ色のミニドレス。父に続いて無言で家に入ってくると、香水の水脈を空中に引きながら自由な猫のように室内を歩きまわり、最後に知美さんの前で立ち止まった。
思わず息を呑んで見惚れてしまった。そうしたら、人が好さそうにニッコリと微笑んだかと思うと、豪華な金の指輪を外して、知美さんの顔の前にかざした。
「これ全部、あなたのおとうさんに貰った。ひとつ、あげようか?」
知美さんは、父の方を振り向いた。
父は、暗い眼差しで睨み返してきた。だから彼女は急いでこう答えたのだった。
「いらない」
言った途端、父に片腕を掴まれた。そして半ば吊り上げるようにして、バスルームまで引きずられていき、大理石のタイルの上に乱暴に突き転ばされた。
「彼女が帰るまで、そこから出てくるな!」
それ以来、知美さんは父が《愛人》を伴って帰宅するたびに、自らバスルームに閉じこもるようになった。
たまに、母が在宅の折に《愛人》が来てしまうことがあった。
そんなとき母は《愛人》がまるで透明人間であるかのように、徹底的に無視していた。正面に立たれても目も向けず、話しかけられても聞こえない振りで押し通した。
《愛人》は、甘く濃密な香りをいつも漂わせていた。
――長々と背景を描いてしまった。
枕が長すぎる、と、ご不満かもしれないが、どうか、コップから溢れ出す寸前まで表面張力で膨らみ切った水を思い浮かべてもらいたい。
知美さんは、張りつめた水の面に浮かんだ、ごく小さな塵のようなものだ。
ついに水が膜を破って溢れ、塵がコップの外に押し流されてしまう日がやってくる。
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