幽霊が出没する路線の駅員に聞いた“本当にあった怖すぎる話”! 川奈まり子の実話怪談~終着駅の女~』
Aさんはそのとき、早番勤務を通常どおりに終えて、ひと眠りする前にサッパリしようと思い、シャワールームの扉を開けた。
この駅のバックヤードはおおむね2階に集中しており、バスルームも2階にある。扉の正面奥に曇りガラスが嵌った4枚開きの窓があり、そこから差し込む街灯の光が脱衣場の床をしらじらと照らし出していた。
Aさんは最初、半ば無意識に戸口の横を手探りし、シーリングライトのスイッチを入れようとした。しかし、そのとき、ふと、床のところどころが光を反射していることに気がついたのだという。
そこで、腰を屈めて床を観察したところ、街灯を反射しているのは、脱衣場の床に敷き詰められたすのこの隙間のようだとわかった。
不審に思い、シーリングライトを点けてさらに確認した。
やはり、すのこの隙間が何ヶ所か、ギラギラと明かりを照り返している。
――なんだろう?
好奇心に駆られて、Aさんはすのこを持ち上げてみた。
すると現れた床の上に、点々と、濡れた足跡があるではないか。これが明かりを反射していたのだ。
たった今、びしょぬれの足で踏んだとしか思えない。水が人の形を取って歩いていったと言わんばかりに、少し幅の狭い足裏の形が床に捺されて、瑞々しく光っている。
歩幅が、狭い。
女だ、と、Aさんは直感した。
華奢な、あまり大柄ではない女の足が脳裏に閃いた。
踵や指が桃色をした、白い足である。それが、ピシャリ、ピシャリ……と、歩いていく様が目に見えるような気がした。
Aさんは、麻痺したような頭で、足跡を辿った。辿りながら、次々にすのこをどけていくと、それが浴室の中から始まっているのがわかった。
浴室から出て、脱衣場を横切り、戸口の方へ。
バスルームの扉の手前で、仮眠室の方へ爪先を向けて終わっていた。
「そのとき、急に鳥肌が立ったんだ! ああ、ようやっと、ね!
なぜかそれまでは平気だった。おかしいよね?
まず、岡田くんも知ってのとおり、この駅の職員やアルバイトには女性がいない。バックヤードに入れるのは男だけだ。売店の女性も入れない。でも、あれは絶対に女の足跡だった。いったいどういうことなんだ?
それに、すのこはどれもカラカラに乾いていたんだよ。すのこの下の足跡は濡れているのに……。僕は、シャワーを浴びる気が失せて、とりあえず、すのこを元に戻して廊下に出た。そこへ岡田くんが通りかかったというわけなんだ」
岡田さんが知る限り、Aさんは以後、決してこのバスルームに足を踏み入れなかった。
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