同じはずのSEX経験人数、女より男の方が多いのはなぜ? “統計のウソ”と隠れた差別を東大教授が指摘

 平凡なヘテロ男性が、生涯に10人以上の素人女性と性交渉しようとしたら、かなりの努力が必要でしょう。進化心理学的には、性生活ではヘテロよりゲイの方がはるかに恵まれているのです。ヘテロ男性たるもの、彼女のご機嫌をとってベッドインに持ち込むまで、どれほどの言葉と忍耐を要することか。それに比べゲイは濃厚な行為をすんなりと、その気になれば毎日別の相手と楽しめる。カミングアウトしているゲイに感性豊かな芸術家肌が多いのは、ロマンチックな触れ合いを桁違いに多く経験しているからではないでしょうか。

 「ゲイ」は原義的に「陽気」「お気楽」という意味ですが、ヘテロ男性に比べて性的に充実した日々を過ごせるのだから、的外れではありません。多くのヘテロ男性にとってゲイの境地は憧れです。性的指向は変えにくいのがなんとも悲しいわけですが。

 というわけで、ゲイが不遇だと決めつけるのは、ゲイに対してもヘテロに対しても失礼千万。相対的にみれば、貧乏なヘテロ男、外見弱者のヘテロ男、口下手なヘテロ男こそが酷く恋愛差別され、不本意な童貞を強いられ、よほど不遇です。LGBTが不幸であってくれないと困る支援活動家は、Gはヘテロより幸せだなんてデータを出すと真っ赤になって怒るでしょうが……[5]

画像は「getty images」より

 いや、ゲイに限らず男全般について「不特定多数に欲情する」と言おうものなら、なんだか最近やけに叩かれますね。「偏見だ、男性差別だ」と怒鳴る人、「性犯罪の容認につながる暴言だ」と叫ぶ人たちがいます。もちろん偏見でも差別でも暴言でもない。厳然たる事実です。男の実態をむやみに否定する人こそが、ありのままの男性性を忌み嫌う差別者と言うべきでしょう。男の性欲は、貶めたり隠したりすべきものではなく、コントロールすべきものです。生物学的デフォルトの性差を直視しない社会は、科学をないがしろにする社会であり、性犯罪対策もまともにできないでしょう。

 生涯に500人とか1000人とかいうのは、男が性欲を思うまま作動させた場合の平均値であって、それ自体、悪でも善でもありません。エイズのような社会問題につながる場合にのみ、何らかの支援や対策を考えればよいだけです[6]

 今回取り上げたパラドクス本の「男女同じはず」は、著者が同性愛に無関心であったせいで生じたミスでした。最近は逆、つまり関心を持ちすぎるあまり、男性的性欲から目をそらして「男女同じ」と言い張るLGBT観が目立っています。無関心と過関心は、同じ思い込みに落ち着きがち。その結果、表面上同じ意見が多数派を占め、科学的真実を改竄するやら隠蔽するやら……。ロジックと実証データを軽視したエセ倫理イデオロギーが社会改善を妨げるのは、いつの時代も同じですね。

[5] LGBT活動家がGの性生活の実態を否定する傾向に対しては、ゲイ当事者から苦情がしばしばみられる。https://twitter.com/GOGOdai5/status/1237935109061279745
[6] ゲイの乱交傾向を制御すべきだと考える人々によって同性婚が奨励される、という一面もある。同性婚制度の整った国において一般的に、異性愛カップルに比べ同性愛カップルの結婚率は低く(自由を手放したくないのだからある意味当然)、離婚率は高い。

文=三浦俊彦

◆三浦俊彦(みうら・としひこ)
1959年生まれ。東京大学総合文化研究科博士課程単位取得退学。現在、東京大学文学部教授。専門は、美学・分析哲学。和洋女子大学名誉教授。著書に『バートランド・ラッセル 反核の論理学者:私は如何にして水爆を愛するのをやめたか』 (学芸みらい社、2019年)、『エンドレスエイトの驚愕: ハルヒ@人間原理を考える』(春秋社、2018年)、『改訂版 可能世界の哲学――「存在」と「自己」を考える』(二見文庫、2017年)など。

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