「常温核融合」は今も死んでいない! 中津川昴が見た驚愕の実験結果、発展型も次々登場… 永久機関はきっとくる!

 読者諸賢は、1989年に報じられた驚くべき科学の大発見についてご存じだろうか。核分裂反応からエネルギーを抽出する方法が確立して約半世紀が経っていた当時、まだ世の中では「核融合反応など夢のまた夢」と語られていた時代に、核融合が、しかも室温で起きたとされる事件のことだ。この実験結果は大々的に発表され、全世界の科学者が再実験を試みるという所謂「常温核融合ムーブメント」に発展した。

 すべての始まりは、英サウサンプトン大学のマーティン・フライシュマン教授と米ユタ大学のスタンレー・ポンズ教授による共同研究だった。彼らは「重水を満たした試験管にパラジウムとプラチナの電極を入れて電気分解したところ、しばらくして電解熱以上の発熱(過剰熱)が得られ、さらに『核融合』の際に発生すると思われるトリチウム、中性子、ガンマ線が検出された」と発表。この大発見は驚きをもって、またたく間に世界中に伝えられた。大学生だった筆者もこの発表には刺激を受け、研究意欲が湧き上がってきたことを覚えている。

 当時、筆者の友人をはじめ電気化学系の研究室に入っていた学生らはこぞって追試実験を行なっており、生き生きと輝いているように見えた。残念ながら世界中で行われた再試験の結果は芳しくなく、再現できた人々はほとんどいなかったため、ポンズの実験に多くの疑問符が投げかけられた。結局、博士は米国での聴聞会における調査で杜撰な実験レポートと観測環境を指摘され、1990年には大学も学会も追い出され、家族とともにアメリカを去ってしまった。

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画像は「Getty Images」より引用

「核融合」が“夢の技術”と言われていたのは、実現すれば無限のエネルギーを取り出すことができると考えられたからだ。しかし、問題は水素の原子核を1億度という高温高圧下で融合させなければならないことで、莫大な資金と人材、何年にもわたる実績、巨大な設備が必要となるうえ、技術的に超えなければならない壁も山積していたことから「20世紀中の実現は無理」と誰もが考えていた。

 そんな中、突然発表された「室温で核融合ができた」という実験結果は、まさに科学の定説を覆し、世界の産業構造を大きく変貌させてしまう可能性まで秘めていた訳だから、それを心良く思わない人々からの相当な風当たりが予想されたというものだ。この一件を受け、常温核融合の研究は各学会から「疑似科学」扱いを受けるようになり、主要学会誌には常温核融合に関する論文の投稿・掲載が拒否されるようになった。もちろん追試実験でうまくいったという研究者の論文を掲載する学会誌もあったのだが、理論的な背景は未知のまま、現象だけが先行して伝えられることが多かった。

 しかも、ユタ大学の常温核融合に対して、低温での核融合「ミューオン触媒核融合」を研究していた米ブリガムヤング大学のジョーンズ教授との間で、先取り権争いや研究資金の争奪戦などが勃発。マスコミの過剰報道、大学内の政治的策謀なども繰り広げられ、どんどん常温核融合は本来の研究的見地から離れ、スキャンダル的な文脈を帯びてしまったのだ。

 ただ、ここ日本では事情が少し異なっていた。通常、学術的には理路整然とした説明ができない、もしくは再現性が低い場合には研究対象とはならないが、日本ではこの「常温核融合」が証明されていようがいまいが、現象として過剰熱が観測されるのなら、その熱を利用できないかというスタンスでいくつか実証実験プロジェクトが立ち上げられていた。そして、常温核融合に関する論争は1995年頃まで大いに盛り上がったのだが、就職を果たした筆者も研究所で再現実験に携わり、なんと実際に過剰熱を観測できたのだ。

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