ダイナマイト自殺で爆発して死んだ母親を「売り物」に…“猫と母コンプレックス”を抱える末井昭が振り返る

 春日さんの専門分野のことを書くのは恐れ入りますが、結核のことをご存知ない人のために、結核とはどういう病気かということを書いておきます。

 結核は結核菌の感染で発症する感染症で、感染者の飛沫や痰に含まれている結核菌を吸い込んだり、結核菌が付着したものに触ったりすることで感染します。体に入った結核菌は肺の中で増殖し、血管やリンパ腺で全身に運ばれます。

 結核菌は細胞を破壊する力を持っていて、多くは肺で発症します。1951年にBCGワクチンが普及するまでの予防方法は、換気を良くする、マスクの着用、消毒、手洗い、うがい、そして規則正しい生活をして、栄養があるものを食べて、結核菌に負けない体を作ることと言われていました。細菌とウイルスの違いはありますが、新型コロナウイルスとよく似ていませんか?

 新型コロナウイルスに感染した人が差別されたように、結核に罹った人も差別されて来た歴史があります。ぼくは学校で母親の結核が感染していると噂されたことがあり、ある時から誰からも話し掛けられなくなりました。ぼくがいても、いないようなふりをして無視するのです。ぼくが触ったバットやボールを誰も触らないので、体育の時間は自主的に休んでいました。みんなが楽しそうにソフトボールやドッジボールをしているのを、二宮金次郎の銅像の陰からチラチラ見ていました。何とも言えない居心地の悪さがあったのですが、寂しそうにするのは恥ずかしいので、ノートに絵を描いていました。

 3カ月ほどして、ぼくが結核ではないことがみんなにわかって、差別はなくなったのですが、ソフトボールもドッジボールもスポーツも大嫌いになっていました。

 母親が退院して家に帰って来たのが、ぼくが6歳の時でした。何度も書いているように、それから1年ほどして、母親は隣の家の零次さんという青年とダイナマイト心中してしまいます。

 母親と暮らしたのは、入院する前の3年間と、母親が家に帰って来てからの1年間で、しかも母親に抱かれたこともないので、母親に対して心を開けないというか、お互いによそよそしさがあったと思います。母親に甘えたいと思っても、結核がバリヤーのようになって飛び込んで行けないのです。
甘えられるような母親だったら、見捨てられたような気持ちになって、母親を恨む気持ちにもなったかもしれませんが、母親と親密な関係がなかったので、母親をどこか客観視しているところがあり、母親に対して怒るとか恨むという感情が湧いて来ないのです。

 母親のことを書く時、「母」と書くと何か違うような気がして、いつも「母親」と書いてしまいます。母親ではあったのですけど、母であったかどうかは、ぼくにはよくわからなかったのです。

 父親も変わった人で、子どもがいても常に自分のことしか考えない人でした。欲望に忠実で、自分が食べたいものをわざわざ町まで買いに行ったり、お金がなくなると箪笥屋に婿養子で入った金持ちの弟に借りに行ったりして、働くことはあまり好きではない人でした。

 母親が亡くなった後は腑抜けのようになってしまい、勤めていた鉱山も辞めて、家から出なくなりました。ぼくが「働け!」と言うと、「何でワシだけ働かすんじゃ〜?」と哀れな声で言います。女房が若い男と心中したのだから無理もないかもしれませんが、「何でワシだけ働かすんじゃ〜?」と言われても、こっちはまだ小学生です。

 村にいつもボロボロの着物をだらしなく着てふらふら歩いている、カヨちゃんという20歳ぐらいの女の人がいました。髪は長くて汚くて、体は垢だらけで、みんなは見て見ないふりをしていました。子どもたちに囃されても、いつもニタニタ笑っているだけでした。

 ある時、表で猫がギャーと悲鳴を上げるので出てみると、飼っていた猫を逆さにぶら下げて、カヨちゃんが家の前に立っているのでギョッとしました。

 カヨちゃんが「じゅうちゃんおるんか?」と言うので、「おらん!」と言うと、「じゅうちゃんとオメコした!」と言って帰って行きました。父親は重吉という名前で、みんなから「じゅうちゃん」と呼ばれていたのです。

 カヨちゃんは家々を一軒ずつ回って、じゅうちゃんとオメコしたことを報告して回ったようで、そのことは村中に知れ渡り、ぼくは子どもながらに恥ずかしい思いをしました。

 じゅうちゃんは、ぼくの父親であることは間違いないのですが、父であったかどうかよくわからないので、やはり「父親」としか書けないのです。

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