ダイナマイト自殺で爆発して死んだ母親を「売り物」に…“猫と母コンプレックス”を抱える末井昭が振り返る

 母親のことを良く知らないまま、突然死んでしまったので、母親は「幻想としての母」になってしまいました。母親にぼくはどう思われていたのか、零次さんとは愛し合っていたのか、なぜ死ななければならなかったのか、本当のことは何もわかりません。ぼくが勝手に想像しているだけです。

 社会に出てから、母親のことは秘密にしていました。母親がダイナマイト心中したことが知れると、みんなから同情されるか、あるいは忌み嫌われると思ったからです。ごく親しい人には話しましたけど、何回も同じ話をするので相手も嫌になったのか、「それがスエイくんの売り物なんだね」と思ってもみなかったことを言われ、もの凄く恥ずかしくなって、落ち込んでしまいました。そのことがあってから、母親の話は誰にも話さなくなりました。「売り物」という言葉がトラウマみたいになっていたのです。

 そのトラウマが消えたのが、ぼくが編集者になってからのことです。たまたまゴールデン街の飲み屋で、篠原勝之さん(ゲージツ家)ことKUMAさんに、母親のダイナマイト心中の話をしたら、「おー、スゲーじゃないか」とウケたのです。それまで、母親の話をしてウケるという発想は、自分の中に全くありませんでした。KUMAさんは周りの人達にも、「スエイのおっかぁはスゲーぞ」と言ってくれました。そこには嫌悪も同情もなく、みんな笑いながら聞いてくれているのです。何だか、救われたような気がしたのでした。

〈ねず美〉ちゃん一家のクリスマス(撮影:神藏美子)

 それから数年経って、北宋社という出版社の高橋丁未子さんから本を書かないかという話がありました。本なんか書いたことがないし、読んだこともほとんどなかったので、書けるかどうか不安だったのですが、会社が終わると神保町のYMCAに毎日カンズメになって、書けるまで家に帰らない決心で書いていたら1週間で書き上がりました。

 その本は次のような文章から始まります。「芸術は爆発」というのは、その頃、画家の岡本太郎さんが、テレビでよく「芸術は爆発だ!」と目を剥いて言っていたからです。

 芸術は爆発だったりすることもあるのだが、僕の場合、お母さんが爆発だった。

 最初は派手なものがいいと思って、僕の体験の中で一番派手なものを書いているのであるが、要するに僕のお母さんは、爆発して死んでしまったのである。と言っても、別にお母さんが爆発物であったわけではない。自慢するわけじゃないが、お母さんはれっきとした人間だった。

 正確に言うと、僕のお母さんと近所の男の人が抱き合って、その間にダイナマイトを差し込み火を付けたのであった。ドカンと言う爆発音とともに、二人はバラバラになって死んでしまった。

「正確に言うと」と書いていますが、正確でも何でもなく、ぼくが勝手に想像して書いているだけです。冗談みたいな文章ですが、こういう風に書けたことで自分が凄く楽になりました。この時から、母親はフィクションになり、ぼくは母親を「売り物」にするようになります。

18歳になった〈ねず美〉さん

 本のタイトルは、高橋さんがぼくの原稿を読んで、『素敵なダイナマイトスキャンダル』と付けてくれました。「素敵な」というところが気恥ずかしかったのですが、その言葉は、高橋さんからのプレゼントだと思っています。

 この本は、のちに角川文庫になり、それからちくま文庫になり、復刊ドットコムでも最初の形で復刊され、映画の原作にもなりました。

 のちに『自殺』という本を書いて、ぼくの肩書きはエッセイストになるのですけど、その本が書けたのも、母親のダイナマイト心中があったからです。「売り物」という言葉に傷ついていたのに、今では売り物にしてなぜ悪いと思っています。

 母は爆発して、ぼくを村から吹き飛ばし、社会に出る力を与えてくれたのです。

文=末井昭

1948年、岡山県生まれ。デザイン会社やキャバレーの看板描きなどを経て編集者となり、セルフ出版(現・白夜書房)の設立に参加。『NEW SELF』『ウィークエンドスーパー』『写真時代』『パチンコ必勝ガイド』などの雑誌を次々と創刊する。白夜書房取締役編集局長を経て、2012年に白夜書房を退社。現在はフリーで執筆活動などを行なう。著書に、『素敵なダイナマイトスキャンダル』(ちくま文庫)、『絶対毎日スエイ日記』(アートン)、『自殺』(朝日出版社)、『結婚』(平凡社)、『末井昭のダイナマイト人生相談』(亜紀書房)、『生きる』(太田出版)、『自殺会議』(朝日出版社)などがある。2014年、『自殺』で第30回講談社エッセイ賞を受賞。2018年、『素敵なダイナマイトスキャンダル』が映画化(監督・冨永昌敬/配給・東京テアトル)。
Twitter:@sueiakira

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