ダイナマイト自殺で爆発して死んだ母親を「売り物」に…“猫と母コンプレックス”を抱える末井昭が振り返る

 そういう家族で育ったので、家庭のイメージがありません。父親が父親のように、母親が母親のようにいるのではなく、それぞれが勝手に生きているような家族でした。

 前に、子どもを持つというイメージが全くなかったと書きましたが、家庭のイメージがないので、子どもにどう対応していいかわからないからです。

 それと、春日さんと同じように、「相似と反復、あるいは連鎖というものが嫌だ」ということもあります。ぼくが自己嫌悪になる一番の要因は「父親と似ている」ということです。父親に似ないようにすることがぼくの向上だと思っているので、自分の子どもに、ぼくの父親に似ているところを発見したとしたら、そのショックは相当大きいと思います。

 美子ちゃんが寂しかった頃、「子どもがいると楽しいよ」と言われて、美子ちゃんの寂しさが解消されるかもしれないと思って不妊治療に励んだこともありますが、結果的に子どもは出来ませんでした。出来なくて良かったと今では思っています。

〈ねず美〉ちゃんの初出産。体が小さいので2匹しか生まれなかった(撮影:神藏美子)


 ぼくが4歳の頃、父親に連れられて母親が入院している病院に1回だけ行ったことがあります。母親と会ったのは一瞬だったはずで、あまり覚えていないのですが、母親のいる病室のことは良く覚えています。そこにあるベッドもラジオもソファーもそれまで見たことがないものだったので、そういう所にいる母親が、ぼくらとは別の世界の人のように思えました。

 その病院に行くために通った、和気の町のことも良く覚えています。実際は町と言えるかどうか微妙なくらい小さい町ですが、山しか見ていないぼくには、とんでもなく賑やかで楽しい所のように見えました。商店街にはいろんな食べ物が豊富に並んでいるし、美味しいものが食べられる食堂もあるし、チャンバラ映画を上映している映画館もありました。

 そこに行けば、美味しいものが食べられて映画も観られると思って、そこにいる人達を羨ましく思いました。都会に憧れ、村から早く出たいと思うようになったのは、その町を見たことがきっかけでした。

〈ねず美〉ちゃんの子育て(撮影:神藏美子)


 その町にもう一度行きたいと思ったのか、それとも病院にいる母親に会いたかったのか、誰にも言わずに家を出て、歩いて和気の町まで行こうとしたことがあります。4歳か5歳の頃です。

 子どもの脚で村から和気まで歩くには1日ぐらいはかかりますが、そんなことを知ることもなく、何かに引かれるようにトコトコ歩いて、4キロほど先の村で1軒しかない雑貨屋まで来ていました。

 町から来ると、その雑貨屋が村の入口になります。雑貨屋の前がY字路になっていて、右に行くと加賀美という村に行き、左に行くとぼくの家がある都留岐という村があり、その先に多麻という村がありました(三種の神器を表しているようですけど、なぜそういう名前になったかはわかりません)。

 雑貨屋で売っているお菓子が欲しくて、ぼくはそこにしばし佇んでいたように思います。その思いを振り切り、町に向かってまたトコトコ歩き始めました。少し行くと左手に交番がありました。昔はそこに巡査がいたのですが、巡査がピストル自殺してからは無人になっていました。ピストル自殺の話を村人たちが話しているのを聞いていたので、その交番の前を通るのがすごく恐かった記憶があります。

 その交番を過ぎると、町まで続く一本道になります。集落はなく、山の谷間を川に沿って道が続いているだけです。その道をトコトコ歩いているとだんだん心細くなって来ました。太陽は山に隠れ、西の方に沈もうとしています。その時、たまたま通り掛かったオートバイのおじさんに、「どこ行くんじゃ!」と言われて、連れ戻されることになったのでした。

 町に行きたいと思ったのか、母親に会いたいと思ったのか、あの時なぜそんな無謀なことをしたのか考えてみると、やはり母親に会って抱きしめられたかったのではないかと思うのです。それが叶わないということを、その時念押しされたような気がします。

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