罪悪感は生きる手応え? 精神科医・春日武彦が自らの「罪悪感と人生の関係」を分析して見えてきたもの

 どうも妙に理屈っぽいのがわたしの欠点のひとつなのですが、末井さんは成り行きから女装をしてみたらその姿の中に母親の姿を見出し、そこで女装に惹かれていったと述べていらっしゃいました。そういうこともあるんだなあと大いに腑に落ちたわけですが、さてその場合、人はそこで満足するものなのだろうか。何となく、女装って依存性がありそうな気がするんですね。そこを警戒して女装に踏み切らない男って、案外たくさんいそうな気がしないでもない。で、依存性があるっていうことは、エスカレートの傾向があるという話になってきます。どんどん化粧や着こなし、動作振る舞いが洗練され究められていきましょうし、少なくとも「ここでもう満足」なんて地点はないような気がする。女装が母親の召還につながるとしたら、次には母の行動を模してみる(反復してみる)とか、いよいよ極端な方向に行ってしまわないものなのか。そういったところが気になって仕方がないのです。

 別なところでも書いたことがあるのですが、わたしは高校生のときに(おそらく)かなり危機的な状況に立ったことがありました。

 数学の問題集を解いていたのです。問題集には難易度の低いものから高いものまで、練習問題が順番に配列してありました。簡単なものからスタートし、いつの間にか超難しい問題までクリアできるようになる、といったコンセプトだったのでしょう。コツコツと真面目に取り組んでいたのですが、比較的易しい筈の問題でどうしても解けないものがあるのです。仕方がないのでその次の問題に挑戦してみると、そちらはすらすら解ける。その次も、さらにその次も解ける。そこでもう一度、さきほどの問題に戻ってみるものの、やはり解けない。巻末の解答篇を見ても、難易度が低いので解き方が書いてありません。いきなり答だけが書いてある。

 こうなると、気になって仕方がなくなります。基礎知識レベルで解けないなんておかしい。友人にでも尋ねてみればよさそうなものですが、初歩的段階の問題について教えを乞うなんてプライドが許さない。そこで独りで考え込むわけですけれど、やはり分からない。いつしかわたしはこの問題に取り憑かれ、頭から離れなくなりました。これはたったひとつの練習問題が解けない――そんな単純な案件ではない。おそらく自分の知識や考え方には盲点があるのだろう。それゆえに、簡単な筈の問題が解けない。ということは、その盲点を克服しない限り、数学には決して自信を持てないことになる。いやそれどころか、自分の人生において失敗したり困惑したことの多くは、もしかしたらその盲点が関係しているのではないか。となれば、今躓いているこの練習問題は、実は人生そのものと深く関わってくるのであり、まさに自分は生きて行く上での正念場に立たされているのだ。と、そんな大げさな発想――いや妄想に近いもので頭の中が一杯になってしまったのです。

 もしこのままどこまでも思い詰め考え詰めていったら、統合失調症関連の領域に踏み込んでしまっていたのではないか。そんな気がしてなりません。幸いにも、根がいい加減だったので面倒になり、諦めついでに友人に相談したら、ごく些細な思い違いをしていただけでした。根源的な盲点がどうした、なんて話にはなりませんでした。呆気ない顛末でした。

 それはそうとして、やはりあのときもっと極端に思い詰めていたら「ヤバい」状況だったのは確かだと思えるのです。正直、冷や汗が出ます。女装も数学も、気をつけないと歯止めが利かなくなりそうで恐ろしい。人生、まったく油断がなりません。

扉の向こうに締め出された (撮影:春日日登美)

 四十歳くらいまでのわたしは、自分が不細工なりに母親とどこか似た面差しがあるような気がしていました。すなわち、母の男性版かつ劣化版みたいな外見であると認識していたのです。それはまさに母への冒瀆であり、母へ罪悪感を覚えて然るべき所業ということになります。でもそれはどうしようもない。

 中年を迎えてからは、外見だとかちょっとした癖などが父に似てきました。まあ父に比べてもこちらは不細工でしたが、そこのところにはあまり心が痛みません。父は医師でして、わたしも同じ道を選んだことでどこかイーブンになった気がするのです。

 もともと父は外科医でした。メスさばきには自信があったようで、銀座の病院で「オレが一番」みたいに自惚れていたらしい。現役の外科医時代の父と今のわたしとが出会っていたら、おそらくものすごく嫌な奴だと実感したことでしょう。わたしは遠回しに父の俗物さを揶揄し、いっぽう彼のほうも、精神科医なんて医者のうちに入らないぜ、なんてこちらを小馬鹿にしてきたかもしれません。

 父と母との出会いは、母が急性虫垂炎になって病院に担ぎ込まれたことによります。父が緊急手術を担当した。そのあと、どうやってアプローチしたのか知りませんが、患者であった母と付き合い始めた。すなわち、まず最初に裸の母を眺め、身体の中までじっくり覗いたあとで父は彼女に思いを寄せるようになった。とんでもない奴の気がしないでもない。自信満々の父に、案外簡単に母は「たぶらかされ」てしまったのでした。

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