自らの鼻を切り落とした修道女「聖エーベ」とは? 必至の抵抗と悲劇的な最期

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 その昔、自分の鼻を切り落とした修道女がいた。気が触れていたわけではない。その愚行の哀し過ぎる理由とは――。

自らの鼻を切り落とした聖エーベ

 一読しただけでは不可解な英語のことわざに「Don’t cut off your nose to spite your face.」というフレーズがあり、直訳すれば「自分の顔を思い煩うあまりに鼻を切り落とすようなことをしてはならない」という意味になる。

 何が言いたいのかやや理解に苦しむが、解釈としては「腹立ち紛れに自分が損になるようなことをしてはいけない」という意味になるといわれている。

 どうであれ自分の鼻を切り落とすなどとは物騒かつ狂気の沙汰であるが、このことわざにはどこかに“ネタ元”があるのだろうか。

 ある説によれば9世紀の修道女である聖エーベ(Saint Ebba)がバイキングの侵入から純潔を守るために自らの鼻を切り落としたことで、この有名なことわざが生まれたといわれている。

自らの鼻を切り落とした修道女「聖エーベ」とは? 必至の抵抗と悲劇的な最期の画像1
「Ancient Origins」の記事より

 この奇妙な英語のことわざは今日でも使われているのだが、現代的な解釈としては、怒りや復讐によって動機付けられた自己破壊的な行為や過剰反応は、最終的には相手ではなく自分自身に危害をもたらすことになるという教訓であるとされているようだ。

 残された記録によると、伝説的なバイキングの王、ラグナル・ロズブロークの息子たちが率いるバイキングのグループが、870年頃にスコットランドの海岸に乗りつけて上陸し、コールディンガムの街を焼き払い略奪と非道の限りを尽くした。

 スコットランドの南東海岸にあるコールディンガム修道院の修道院長である聖エーベは、彼らが到着したことを確認した時、侵略者にレイプされるのを避けるために自分の鼻を切り落としたのだった。

 彼女はまた、ほかの修道女たちにも鼻を切り落とすよう説得したとも言われている。鼻を切り落とした修道女たちを見たバイキングらは動揺したに違いないが、それにもかかわらず彼らは街に火を放ち、残念ながら修道院も焼き払われ、修道女たちは無残にも炎の中で焼き殺された。彼女らの純粋は保たれたというが、哀しく悲惨な死を迎えることとなり、一説では彼女らの殉教の日は8月23日であったという。

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自分の鼻を切り落とした聖エーベ 画像は「Wikimedia Commons」より

鼻の切断は古代世界全体で一般的な刑罰

 聖エーベをはじめとする修道女たちのこの悲劇の物語は出来事が実際に起こってから300年以上経ってから、ベネディクト会の修道士マシュー・パリス(1200-1259頃)によって『大年代記(Chronica Majora)』に最初にテキスト化されて収録された。

 その後さらにこの物語は同じくパリス著の『歴史の花(Flores Historiarum)』にも収録されたが、実際に起こった出来事であるという証拠はなく、前出のことわざの由来となったものかどうかについてもそれを立証する手立てはないようだ。

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画像は「Pixabay」より

 ともあれ鼻を切り落とすなどということには、恐怖や狂気しか感じないのだが、鼻の切断は実際には古代世界全体でかなり一般的な罰と拷問の形式であった。

 鼻切除術(rhinectomy)として知られる鼻の切除去は、古代エジプトの体罰の一種であり、犯罪者の社会復帰の前には前科者の印として鼻が切り取られていた。

 こうした措置はペルシャ帝国、古代ギリシャ、中世ヨーロッパ、コロンブス以前のアメリカでも記録が残されている。

 ローマ帝国時代のギリシア人歴史家、プルタルコス(46頃-119以降)の『De Exilio』によれば、トラキアのリュシマコス王は、妻を侮辱した人物の鼻と耳を切り落としたという。

 一方でテーベのヘラクレスは、オルコメノスから貢ぎ物を要求するために送られたすべての使者の鼻を切り落としたことで「鼻切り作業員」というあだ名が付けられた。また旧約聖書には売春の罰として鼻の切除を推奨していた記述がある。

 今日の社会では刑罰や復讐などで鼻を切り落とされることなどまずないと思うが、ひょっとするとコロナ禍のマスク習慣で気づかれていないだけなのかもしれない!?

参考:「Ancient Origins」ほか

文=仲田しんじ

仲田しんじ
場末の酒場の片隅を好む都会の孤独な思索者でフリーライター。
興味本位で考察と執筆の範囲を拡大中。
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