倫理的に完全アウトな「禁断の実験」言語のない環境で育てられた子どもはどうなるのか

画像はUnsplashKristina Flourより

 物心つく前の子どもを言語のない環境で育てたらどうなるのか。被験者の一生を台無しにしかねない「禁断の実験」は密かに実施されていた――。

■密かに行われていた「禁断の実験」

「禁断の実験」は危険な人体実験をはじめいくつもあるが、最も興味深い実験の1つが、子どもを言語のない環境で育ててみることだ。はたしてこの子どもは言葉をしゃべるようになるのか、発達心理学的にも興味深いのだが、当然だが倫理的に完全にアウトな「禁断の実験」である。

 しかし長い人類史の中でこれに近い“実験”が行われた記録が残されている。

 古代ギリシャの学者ヘロドトスによると、エジプトのファラオ、プサムティク1世(前664-前610)は、2人の新生児を1人の羊飼いに与え、一切言葉のない環境で育てるように命じた。

 2年後、2人の子どもが初めて発した単語は「ベコス」だったとされている。これはアナトリアでかつて使われていた絶滅した言語である古代フリュギア語で「パン」を意味する言葉である。これにより、プサムティク1世はフリュギア語が全人類の母語であると信じるようになったという。

 西暦13世紀に神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ2世(1712-1786)は言葉を教わらなかった赤ちゃんがどんな言葉を話すようになるのかに興味を持ち、実際に50人の赤ちゃんを人的交流がない環境で育てる実験を行ったのだが、悲惨なことに全員が1歳をむかえるまえに死亡してしまったのだ。コミュニケーションを奪われた赤ちゃんは育児放棄の過程で自ら死を選んだことになる。

 1930年代に心理学者のウィンスロップ・ケロッグは「オオカミに育てられた野生児」のケースに触発され、生後10カ月の我が息子と、生後7カ月のメスのチンパンジーを、きょうだいのように一緒に育てる実験を行っている。

 グアと名づけられたチンパンジーは間もなく直立歩行し、20の音声コマンドに応答するようになり、生後12カ月のとき、グアは息子のドナルドよりも「賢い」と判定された。

 しかし生後16カ月の時点でドナルドは単語を繋ぎ合わせはじめたが、グアにはできなかった。成長するにつれてドナルドはますます有能になり、知的発達面で妹のグアを完全に置き去りにしたことで開始から9カ月で実験は中止された。

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 ケロッグは「現代の動物行動科学の先駆者」と見なされているが、グアとドナルドの実験では注目すべき発見は特になかった。確かにチンパンジーは非常に賢いが、服を着て食卓で食事をするからといって、認知能力が人間と同等になるわけではない。

 南アフリカ共和国のステレンボッシュ大学歴史学部の教授兼学部長であるサンドラ・スワートは、著書『The Evolution of Social Communication in Primates(霊長類における社会的コミュニケーションの進化)』の一章で「禁断の実験とその裏返しは大部分が失敗している。最初は哲学者が、次に科学者が、フラストレーションの記録を残してきた」と結論づけている。

 禁忌を犯した「禁断の実験」はその甲斐もなくほとんど成果をあげていないといえそうだ。依然として興味深い研究テーマではあるが被害者が出ないうちに完全に禁止にすべきなのだろう。

参考:「IFLScience」ほか

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文=仲田しんじ

場末の酒場の片隅を好む都会の孤独な思索者でフリーライター。
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