【怪談】暗闇に響く子供の声――その正体を知ったとき想像を超えた恐怖が私を襲った…
大学1年生の冬に私は不思議な体験をした。
その日、私はアルバイトの帰りが遅く終電で最寄り駅まで帰った。
駅から家までは普段であれば明るく人けのある道を通るのだけれど、その日は川沿いの近道を通った。
その通りは、昼間は散歩スポットとして人気だが夜間は暗くて人通りも少なく、不審者が出没することで有名だった。そのため親からもその道を通ってはいけないと言われていて、夜間に通ることは避けていた。
だけどその日は次の日に朝早くから授業があったため、どうしても早く帰りたかった。いけないとは思いつつも、川沿いの近道を選んだ。
本当に暗くて静かで不気味だった。いつどこで何が物陰から姿を現すか分からない。そんな恐怖心に襲われた。イヤフォンを両耳に挿していたのだけれど、片耳のみにして足早に道を進む。
しばらく歩いたところで、ふと声が聞こえた。赤ちゃんの泣き声と、それをあやす幼い子供の声だ。しかも背後から聞こえる。
こんな時間に外で赤ちゃんをあやしている子供なんているのか? まさか子供だけ?
そんなわけがないと思いつつ、気になってしまう。万が一のこともある。迷子がいないとも限らないのだ。
恐怖心が、「そんなことするな、意味ないぞ」と私を止めに来る。それはそうかもしれない。だけど、一瞬でいい。何もないと確認したらすぐにここを立ち去ればいい。そう決めて私は思い切って振り返った。
しかし、誰もいなかった。
声は聞こえず、暗闇が私を飲み込むかのように口を開いているだけだった。
気のせいだ。そうに違いない。こんなところを歩いているから怖くて何かの音を勘違いしただけだ。
そう思って再び帰路につこうとしたその時――。
子供の声が再び聞こえた。しかも複数人いる。
ヒソヒソ声だ。勘違いではない。
確かに聞こえる。何か会話をしているようだ。
でもどこからか分からない。近くから聞こえる気もするし、暗闇の向こうから聞こえる気もする。
何を話しているのだろう? やめておけばいいものの、私は聞き耳を立てた。
するとその声が急速に私に近づいてきた。と同時に赤ちゃんの笑い声が大きく響き渡り、私の耳元までやってきた。ほんのりと、耳に吐息すら覚える。瞬間的に身体に何か重みまで覚える。
絶対に声がする方向に向いてはいけない。そう本能的に感じる。もし向いたら最後、私はこの夜道からは出られないだろう、と。
まっすぐ前を向いた。遠くに街灯の明かりがほんのり見える。
あそこだ。あそこまで行こう。
私は怖くなんかないぞ、と毅然と歩き始めた。もしもここで隙を見せたら闇に引きずり込まれそうだと思った。
耳元の声はしっかりとへばりついてくる。赤ん坊の笑い声が一層力を増す。ここにいるぞ、こっちを見ろと言わんばかりに。
街灯までもうすぐというところで、ふと身体が軽くなった気がした。それと同時にその子たちの声が遠のいていく。
やがて街灯までたどり着くと、その安心感から涙があふれてきた。
すぐに友達に電話をし、いま起きたことを説明した。友達は私の話を真剣に聞いてくれて、そのまま無事に帰宅することもできた。
いまでも思う。
あの時、あの声に釣られて振り向いてしまっていたら、どうなっていたのだろう。耳元にまで近づいてくる執拗さに底知れぬ恐怖を覚える。思い出すと、いまでも身がすくんでしまう。だからもうそれ以来、昼だろうと夜だろうとその道を通るのをやめた。
時が経ち、その道もいつしか工事が入り、桜が植林され、暗さとは無縁の散歩スポットとして生まれ変わった。
そうなっても私はその道に近づくことができないでいたのだけれど、いつまでも恐怖に囚われてはいけないという思いもあった。そこで、昼間なら大丈夫だと、勇気を振り絞ってその道を歩いてみた。
すると、きれいな桜に包まれるような気がして、恐怖とはほどとおい心地よさに包まれた。こんな素敵な通りになったのか。そう思うと私の心の中から恐怖心が消えていく感じがした。
だけど、その通りに一か所だけ違和感のある場所があった。途中、小さな古い墓地が現れるのだ。その墓地も桜に囲まれていて、怖いという印象は無い。
しかし、私は直感した。私を恐怖のどん底に叩き落したのはこの墓地だと。この墓地から聞こえてきたのだと。
その瞬間、風が強く吹いて桜が散った。耳元で風が騒がしく動く。
その風の中に、かすかに子供の声が聞こえた。
まだ声の主はここにいる――。
それ以来、二度とそこには近づいていない。
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