“死体を冷凍して未来で解凍”するクライオニクスは詐欺かファンタジーか

 TOCANAにも寄稿いただいていたサイエンスライター:久野友萬氏の新著『ヤバめの科学チートマニュアル』が2024年1月31日、新紀元社より発売された。まさに“ヤバい”内容が目白押しの一冊から、特別にTOCANA編集部イチオシのテーマを抜粋してお届けする。第5回目である今回のテーマは「人体冷凍」だ。(TOCANA編集部)

第1回:人間にも冬眠機能はある!?人工冬眠はもはや夢物語ではない!
第2回:『完全閉鎖系施設バイオスフィア2の悲劇』スペースコロニーは実現するのか
第3回:『絶対音感を生み出す薬』『誰の脳にもある天才の能力』天才を作る技術とは…まだまだ謎に満ちた脳の世界
第4回:“幽霊の正体”に迫る『19Hz前後の低周波で幽霊が見える?』『線路に消えた子どもの謎』

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死体を冷凍して未来で解凍

 クライオニクス(cryonics)は遺体を冷凍保存し、未来において蘇生させようという技術だ。たとえばガンにかかり、現在の技術では治らないとする。そこで死体を冷凍し、治療法が確立した未来で解凍、病気を治療し、蘇生させるというのがクライオニクスの趣旨だ。

 サービスを提供している会社は世界に数社ある。アメリカのアルコー延命財団がもっとも老舗で有名だが、他に西海岸でサービスを展開するトランスタイム社、ロシアのクラリオラス社や山東銀峰生命科学研究所で行われている銀豊延命計画などで、希望者はこうした会社と契約、死後に遺体が冷凍保存される。

 現行法上、冷凍されているのは完全な死体であり、難病で未来に期待をかけるからと言って、生きたまま冷凍されるわけではない。死んでから遺言にのっとり、荼毘に付す代わりに冷凍タンクで遺体を保存する。

全身もしくは首だけを切断し、冷凍保存

 死体の保存には不凍液のカクテルと液体窒素を使う。契約者が死亡するとクライオニクス会社のスタッフが急行し、埋葬を阻止する(親族がクライオニクス処理の話を理解していない場合が多いのだそうだ)。あるいは事前に連絡を受け、対象者が死亡するまでスタッフが病室で待機する。スタッフが病室に待機することを彼らは「スタンバイ」と呼ぶ。

 患者が死亡するとスタッフは即座に遺体から血液や体液を吸い出し、不凍液と入れ替える。

 不凍液は寒冷地で自動車のラジエータが凍りつかないように、冷却用の水に加えるもので、クライオニクスでもエチレングリコールやプロピレングリコールなど自動車用の不凍液に使われる化学薬品と同じものが使われている。

 なぜ血液を抜いて不凍液と入れ替えるのかと言えば、不凍液と入れ替えないと氷で細胞が破壊されるためだ。遺体をそのまま冷凍すると、体液中の水分で氷ができるため、細胞が氷に内側から押し破られてしまうのだ。血液も凍るので血管が破れてしまう。そのままでは解凍した時に全身で大量出血が起きる。

 不凍液はゆっくりと冷凍することでガラス状に変化するため、細胞を壊さない。液体窒素で冷やされた死体の体液はガラス状になった不凍液で満たされる。

 血液と不凍液の入れ替えはポンプを使って行われ、その後、人体は液体窒素の入ったタンクの中で冷凍される。タンクは魔法瓶のような真空壁を持ち、保温性に優れている。

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 再生には人格が宿っている脳が最重要と考えられているので、遺体は冷凍タンクに頭からさかさまに突っ込まれる。仮に何らかの事故で液体窒素が漏れたとしても、頭が容器の底にあれば、液体窒素がなくなるのは頭が最後になるからだ。

 全身を冷凍するプランと首を切断し、首だけを冷凍するプランがあり、首だけの場合は、当然ながら首を切断して容器に入れることになるため、それが死体損壊にあたるのかどうか、法律のグレーゾーンだ。

 料金はアルコー延命財団とトランスタイム社が1体15万ドル、クラリオラス社が1体2万8000ドルのロシア価格である。

 1967年1月12日に心理学教授ジェームス・ベッドフォードの遺体が冷凍されたのが人類初のクライオニクスだとされている。2018年現在、383人の遺体(首のみの保存も含む)がクライオニクスの処理を受け、復活を待っているという。

クライオニクスは詐欺なのかファンタジーなのか

 こうしたクライオニクスの処理を受けて、生き返った人間はいるだろうか? まず前提として、死体を生き返らせる技術は過去にも現在にもない。そしてクライオニクスは死体を冷凍するだけであり、蘇生に関しては責任を持たない。それは未来の誰かの仕事だ。

 不凍液と血液を入れ替えて細胞を破壊せずに保存するというのは、一見もっともらしいが、不凍液に使われるエチレングリコールは毒性が強い。大量に飲むと重度の腎臓障害を起こし、48時間ほどで腎不全を起こし、場合によっては死ぬこともある。仮に冷凍によって細胞が壊れないとしても、腎不全では復活は難しいのではないか。

 クライオニクス会社は、遺体を冷凍するのは神経系を未来へ残すためだとしている。脳や脊髄のネットワークに意識があると彼らは言い、そうした神経ネットワークが冷凍保存されていれば、全身の蘇生は無理でも脳だけの蘇生は可能だろう、あるいは神経網だけスキャニングしてコンピュータ上に再構成し、そこで意識が目覚めるのだと説明している。

 そして冷凍した遺体からクローンを作り、脳を移植するかコンピュータ上の意識をクローンの脳にダウンロードすれば、復活できるはずだという。

 ここで問題は、脳をコンピュータ上に再構築したらそこに意識が生まれるのかどうかと冷凍した遺体から細胞を取り出し、クローンを作ることができるのかという2点だ。

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死体からクローンを作ることは可能

 脳をスキャンしてコンピュータ上に再構築するという話は、SFではよくテーマにされ、「アップロード」と呼ばれる。しかし現実はアップロードどころか、スキャン自体もおぼつかない。

 2023年3月、イギリスのケンブリッジ大学とアメリカのジョンズ・ホプキンス大学などからなる国際研究チームが、ショウジョウバエの幼虫の神経マップを完成したと発表した。

 この時点まで神経マッピングに成功したのは、線虫、ホヤの幼生、ゴカイの一種のみで、彼らの脳のニューロン数は数百しかない。これに対して、ショウジョウバエの幼虫は脳が3016個のニューロンと54万8000個のシナプスで構成されており、これまでマッピングされた中でもっとも複雑な脳神経だ。

 人間の脳のニューロン数は100億〜 1000億個と言われ、そのひとつずつに約1万のシナプスが接続されている。つまりシナプスの数は軽く兆単位である。ショウジョウバエの幼虫の神経マッピングができたことはすごいことだが、それはそれとして、人間の脳のスキャンなどはるか先だということがわかるだろう。

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 では冷凍組織からクローンを作ることはできるのか?

 2008年11月14日、独立行政法人 理化学研究所は16年間冷凍されていたマウスの細胞からクローンマウスを作ることに成功した。

 シベリアの永久凍土から発見されるマンモスの死体からクローンをつくる計画が何度も立ち上がっては消えているのは、死んだ細胞からクローンを作ることが不可能だったからだ。それはまさにクライオニクスで言われている通りに、水分が凍って氷になり、細胞を破壊するためで、冷凍された細胞からクローンをつくる試みはこれまですべて失敗している。

 クローンは体細胞から核を取り出し、それを卵子に移植して受精卵を作る。理化学研究所は細胞から核を取り出す際に太いピペットを使うなどして核を傷つけないようにし、移植を成功させた。

 死んだ人間を長期間冷凍しておき、後からクローンを作ることは可能なようだ。その場合、生まれる子どもは自分と遺伝的には同じでも、人格は別人である。

 死んで復活する、キリストのようなことは人間には当分できそうもない。

続きは『ヤバめの科学チートマニュアル』(新紀元社)でご覧ください。

『ヤバめの科学チートマニュアル』(新紀元社) 著者:久野 友萬 定価:本体1,600円(税別)

文=久野友萬

サイエンスライター。1966年生まれ。福岡県出身。
近著『ヤバめの科学チートマニュアル』(新紀元社)

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