悪夢の人体実験「毒物部隊」とは!?何も知らず、喜んで“人柱”となった12人の男たち

 毎日決まった時間に決まった食卓に着き、一流シェフが腕によりをかけた豪勢な料理を味わう12人の男たちがいた――。実は、彼らは悲惨な人体実験に身を捧げていた「毒物部隊」のメンバーだったのだ。

■高級料理を毎日食べる“毒物部隊”とは?

 今日の我々は安心してフグ料理を食べることができるが、そうなる過程においては“人柱”となってフグの毒で命を落とした人々がいたはずである。これらの人々の犠牲の上で我々は刺身やてっちりなどの美味しいフグ料理に舌鼓を打てるのだ。

 20世紀初頭のアメリカで、当人たちには知らされずに食品添加物の“人柱”なった男たちがいたことが明らかになっている。後に「毒物部隊(Poison Squad)」と呼ばれるようになった彼らは、毎日決まった時間に一堂に会し、腕利きのシェフの料理を堪能していた。その料理が実は薬品まみれであることを知らずに……。

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「IFLScience」の記事より

 毎日我々が食べている食品は基本的に傷みやすく、時には致命的な食中毒の犠牲者が出ることは今でも珍しいことではない。19世紀終盤にアメリカ農務省の主任化学者、ハーヴェイ・ワシントン・ウィリー博士が注目したのは食品の劣化と腐敗を遅らせるさまざまな食品添加物であった。

 しかし、防腐剤など食品添加物の多くは本来人体に取り込まれるはずのない化学物質である。どのような添加物をどのくらいの量使用することができるのか、目安となる基準は当然ではあるが当時は誰にもわからなかった。

 そこでウィリー博士は健康な成人男性を「毒物部隊」のメンバーとして募ることにしたのだ。その特典は6カ月にわたって毎日豪華な料理が無料で食べられるという魅力的なものであった。

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ハーヴェイ・ワシントン・ウィリー博士 画像は「Wikipedia」より

 詳しい事情は知らずに応募に集まった12人の男たちは、ワシントンD.C.にある農務省化学局の地下施設に決められた時間に集い、一流のシェフが手がけた高級料理に舌鼓を打つことが日課となった。その豪勢な料理の数々にはホウ砂、サリチル酸、硫酸、安息香酸ナトリウム、ホルムアルデヒドなどがそれとはわからぬように巧妙に混入されていたのである。提供される料理は毎回バラエティに富んでいて、飽きることはなかったということだ。

“隊員”たちは食事前に毎回体重を計り、脈拍数と体温を測定し、さらに定期的に検便と検尿が行われて詳細な健康データが収集された。こうして哀れな「毒物部隊」による“人体実験”が極秘裏に行われたのである。

■FDA(食品医薬品局)創設の礎を築く

 もちろん“隊員”たちにはどの料理に化学物質が含まれているのか、それがどのような物質であるのかをまったく知らされていなかった。

 当初、防腐剤の役目を果たすホウ砂(borax)はバターに混入されていたのだが、すぐに“隊員”たちはバターに手を付けなくなったという。そこでミルク、肉、コーヒーに混入したのだが、やがてそれらのメニューも避けられるようになったのだった。

 こうしたことが続き、ウィリー博士たちはカプセルに入れたホウ砂を何らかの薬であるとして、食事の中ほどで飲むように命じることになったということだ。

 当然ではあるが、実験期間中に体調を崩す者は相次いだ。嘔吐が続いたり、仕事ができないほどの倦怠感、激しい腹痛や頭痛の症状が出た場合は会場で食事をしなくともよいことにはなっていたが、それでも“隊員”たちは少しくらい体調が悪くともこの豪華な食事を続けたのである。

 今日であれば非人道的な実験として大問題になることは間違いないこの“人体実験”は、メンバーを入れ替えつつなんと5年間にわたって続けられ、貴重で有益なデータが収集されたことは事実だ。彼らが“人柱”になったおかげで、今日の我々はある程度は安心して食品添加物の入ったフードアイテムを摂取できるのだ。

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画像は「Wikipedia」より

 そして1906年にウィリー博士は食品添加物に関する法律である「食肉検査法(Meat Inspection Act)」と「純正食品・薬品法(Pure Food and Drug Act)」を策定し、今日のFDA(食品医薬品局)の創設の基礎を築いたのである。

 彼ら「毒物部隊」のメンバーは悲惨な“人体実験”の犠牲者であると同時に、後世の人々のために“人柱”となった英雄でもある。実験後の彼らがどのような健康状態で一生を終えたのかはわからないが、悲劇的な最期を遂げていないことを願うばかりだ。

参考:「IFLScience」、ほか

 

※当記事は2022年の記事を再編集して掲載しています。

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