【TOCANA的UMAファイル #06】「イッシー」 ── 海にも川にもつながっていない湖で、市長まで絵筆を握った怪獣

1991年春、鹿児島県指宿市の池田湖に、畳40枚と金属製の樽40個を組んだ手作りのいかだが浮かんだ。「イッシー特別探検隊」が、これに乗って9日間ぶっ通しで湖面を見張るためである。同じ春には市長や市議会議長までもが絵筆を握り、想像図コンテストに2670枚もの「イッシーの絵」が集まったという。相手は、正体もろくに分かっていない怪獣だというのに。
基本データ
名前:イッシー。ネッシーにあやかった命名と伝わる
生息地:鹿児島県指宿市・池田湖。九州最大のカルデラ湖で、周囲約15キロ、最大水深233メートル。約6400年前の噴火でできた湖で、自然の流入・流出河川は一本もないという
初出:1978年(昭和53年)9月
姿:目撃証言には幅があるが、水面に浮かぶ黒い2つのコブという証言が繰り返し報告されている
由来:ネッシーにちなむ、ご当地怪獣ネーミングの一例とみられる
事件簿
きっかけは1978年9月3日だった。池田湖に近い地元の小学生たち約20人が、湖岸から300メートルほど先で得体の知れない水音を耳にし、居合わせた大人たちも巻き込んで湖面の異変を目撃したと伝わる。
騒ぎはまたたく間に広がり、「自分も見た」と名乗り出た人は200人を超えたという。指宿市観光協会の動きも速く、翌月10月にはイッシー対策委員会を設置、11月には湖畔にカメラ付きの無人観測所まで構えている。
同年12月16日、静まり返っていた湖の中心が突然動き、白いものに包まれたような物体が水面に現れる場面が写真に収められた。指宿市観光協会はこの写真を「イッシーの体の一部」と認定し、撮影者に10万円を贈っている。海外の研究団体に解析を依頼したところ捏造の形跡はないとの見解を得たというが、写っているものの正体までは特定できなかったという。
騒動が再燃したのは1990年代に入ってからだ。1990年8月には、はっきり見える2つのこぶを持つ生物が沖合を泳ぐのが目撃されたが、指宿市自身の記録に「2頭以上のイルカの群れだった可能性がある」との注記が添えられている。
翌1991年には「イッシータスクフォース」が結成され、3月には冒頭のいかだで9日間連続の監視を敢行。同じ月に始まった「イッシーくんと遊ぼう」イベントには市長や市議会議長までもが想像図を描いて参加し、5月までの2カ月足らずで26432人が来場、2670枚のイッシー絵が集まったという。
ホントカナ?
正体候補としてまず挙がるのは、湖に実際に棲む体長2メートル級のオオウナギだ。もっとも、その程度のサイズを目撃談にあるような巨体と見誤るのは無理があるという指摘は根強い。さらに輪をかけて奇妙なのは、指宿市自身がまとめた目撃記録の中に、「イルカの群れだった可能性がある」という注記が一度ならず登場することである。
だが池田湖は、噴火でできたカルデラに雨水がたまってできた湖で、自然の流入・流出河川は一本もない。海の生き物であるイルカが迷い込む経路はどこにもなく、正体候補の主役であるオオウナギにしても、太古からこの湖に棲んでいた”主”ではなく、1910年代後半から1980年代にかけて人の手で放流された魚たちの子孫にすぎないという。
つまりこの湖では、どんな正体候補を挙げても同じ壁にぶつかる──外からたどり着く手段そのものが、そもそも存在しないのだ。行政が公式にまとめた記録が、よりによって「海の哺乳類」を候補に挙げてしまった時点で、この謎はむしろいっそう深まったと言っていい。

TOCANA的まとめ
外の海にも川にもつながっていない湖に、なぜかよそ者の怪獣だけが半世紀近くも根を張り、町ぐるみで愛され続けてきた──それが池田湖という土地の面白さだ。畳と樽のいかだを浮かべ、市長みずから絵筆を握り、2万人以上を巻き込んだイベントまで開いてしまう本気度は、とても正体不明の相手に向けたものとは思えない。
名物だった池田湖パラダイスは60年近い歴史を経て2025年8月に一区切りを迎えたが、2022年に湖畔に誕生した新しい施設にも、負けじとイッシー像が立っているという。
川一本つながっていなくても、人はよそ者を呼び込み、住まわせ、半世紀にわたって愛でてしまう──その”つながりのなさ”を逆手に取ってきたのが、池田湖という湖なのかもしれない。
トリビア
「イッシーくんと遊ぼう」が開催された1991年の6月、指宿市は正式に「イッシーの記章」を制定している。姿も正体もいまだ確認されていない生物に、行政公認のシンボルマークまで存在するという、地味にすごい話が今も記録として残っている。
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