【TOCANA的UMAファイル #04】「タッツェルヴルム」 ── 猛毒ガスを吐くと恐れられたのに実害はほぼ牛乳泥棒だった怪物

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 猫のような顔をした太い蛇。頭からは毒の息を吐き、浴びた者は目まいと頭痛に襲われるという。アルプス山中に何百年も伝わる、正真正銘の危険生物──のはずなのに、当時の人々が実際に頭を悩ませていたのは、放牧中の牛の乳が何者かに吸われる被害だったという。毒ガス兵器級の怪物と、乳搾りの邪魔をする泥棒。この二つが、なぜか同一人物(同一怪物)の仕業とされてきた。

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基本データ

名前:タッツェルヴルム(Tatzelwurm)。「鉤爪のある虫」を意味するとされる。スイスでは「シュトレンヴルム(トンネルの虫)」、オーストリアでは「ベルクシュトゥツ」など地域ごとに呼び名が割れる
生息地:オーストリア・スイス・バイエルン(南ドイツ)・北イタリアにまたがるアルプス山岳地帯。とりわけシュタイアーマルク州、チロル地方、ザルツブルク地方に記録が集中するという
初出:伝承自体は古くからあるとされるが、記録に残る目撃として有名なのは1779年(ハンス・フックスの目撃談)や1811年(グッタネン渓谷での目撃)
姿:ずんぐりした蛇またはトカゲ型で、猫に似た顔を持つとされる。脚は2本とも4本とも伝わり、体長も30センチほどから2メートル前後まで、資料によって大きく幅がある
由来:山岳地帯の穴やトンネルに棲むとされたことから「トンネルの虫」の名がつき、日本のツチノコと比較されることもあるという

事件簿

 伝承として語られる最古級の一件は1779年、スイスの農夫ハンス・フックスが2匹のタッツェルヴルムに遭遇したというものだ。あまりの恐怖に逃げ帰る途中で体調を崩し、そのまま亡くなったと伝わる。

 18世紀にはすでに、博物学者たちもこの生物を記録に残していた。1723年、スイスの博物学者ヨハン・ヤーコプ・ショイヒツァーは、先人の記録をまとめた書物に銅版画付きで「猫の頭を持つ蛇」を掲載。全長7フィートほど、胴体は黒から灰色と説明されているという。

 1811年には、グッタネン渓谷でハインリッヒという教師が遭遇したと記録される。「二又に分かれた舌を持ち、蛇のようだが頭部は幅広く、短い前脚が2本、全長は成人男性の太腿ほどの太さで約1.8メートル」という、やけに具体的な証言が残っているという。

 近代に入ってからも関心は途切れず、1934年にはスイス人写真家バルキンなる人物が撮影したとされる写真がドイツの新聞に掲載され、これをきっかけに探索隊まで組織されたが、写真は「作り物にしか見えない」として信ぴょう性を疑われ、探索も不発に終わったと伝わる。

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スイスアルプスのザルガンサーラントに出現した(1660年頃)と発表された「竜」 By Johann Jakob Scheuchzer (author) – Houghton Library, Public Domain, Link

ホントカナ?

 正体候補として有力視されているのは、蛇やトカゲの誤認説だ。19世紀の学者ダラ・トーレは「すべて蛇やトカゲの類の誤認で説明できる」としつつ、すでに絶滅した未知の爬虫類の可能性にも言及したという。

 一方で作家ウィースは、ケナガイタチやテン、カワウソといったイタチ科動物の見間違いではないかと唱えたとも伝わる。

 だが、この怪物には見過ごせない矛盾がある。伝承によれば、タッツェルヴルムは強力な毒の息を吐き、浴びた者は目まいと頭痛に見舞われるという、命に関わりかねない危険生物だ。ところが山の人々が実際に困っていたのは、放牧中の牝牛の乳が何者かに吸われるという実害の方だったという。

 対策として伝わっているのも「白い雄鶏を連れて行けば被害を防げる」という、いかにも牧歌的なおまじないだ。毒ガスで人間を昏倒させる猛毒生物と、雄鶏一羽で退散する乳泥棒。この二つがどうにも同じ生き物の仕業とは思えない――それがタッツェルヴルム最大の矛盾である。

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ドイツ、コーバン=ゴンドルフにある、タッツェルブルムの彫刻の噴水(2008年撮影) Abrasax – CC BY-SA 3.0 de, リンクによる

TOCANA的まとめ

 正体不明の危険生物として恐れられながら、実際の”被害届”はどこか牧歌的な乳泥棒騒動だった。この温度差こそが、タッツェルヴルムがアルプス各地でこれほど長く語り継がれてきた理由なのかもしれない。恐怖と生活がないまぜになった伝承だからこそ、村ごとに違う名前で呼ばれながらも、山を越えて広まっていったのだろう。

トリビア

 タッツェルヴルムを本気で信じた学者もいた。18〜19世紀のスイスの博物学者シュトゥダーは、金貨数枚の懸賞金までかけて「正真正銘のシュトレンヴルム」の標本を求めたと記録されている。生きた個体はついぞ捕まらなかったが、それだけ本気で存在を信じさせるだけの伝承の厚みが、アルプスにはあったということだろう。

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