>  >  > オウム真理教のアジトに潜入して思ったこと

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画像は、YouTubeより。サリン事件から15年時の放送/ANNnewsCH

 1995年3月20日に地下鉄サリン事件が発生してから、はや20年。麻原彰晃を教祖とする宗教団体オウム真理教が、数カ所の地下鉄駅でサリンを撒いた同時多発テロ事件は、死者13人、負傷者は約6300人の大惨事となった。

 筆者は1980年代に麻原がマスコミに登場した当初から雑誌などを通して、注目していた。そしてサリン事件の後、期せずしてオウムのアジトに潜入するという貴重な体験をしている。今回はその経験をもとに、オウムとは、麻原とは何だったのかをこの機に今一度考えてみることにしたい。


■メディアに登場した麻原

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画像は、『亡国日本の悲しみ―迷妄の魂よ、大悪業の恐怖を知れ』/オウム

 1980年代半ば頃、麻原彰晃がオカルト雑誌で紹介されたことで、筆者はその存在を知った。

 当時は「オウム神仙の会」の代表として紹介されており、まだ宗教団体は設立していなかった。当時筆者は、オウムとはまったく無関係に密教ヨガの修行を行ったこともあり、麻原の存在に目を留めていた。だが、「超能力の出ない修行はニセモノ」と称する麻原に師事したいと思うことはなく、ただ傍観していた。興味をもてなかった理由としては、麻原の周囲にはなぜか美人の弟子が多く、どこか「胡散臭い」という印象を拭えなかったことと、麻原が見せる表情に自己愛的なものが窺えたこともあって、自分で言うような“高い境地に達した人間”ではないだろうと思ったことだった。

 85年に麻原の「空中浮揚」写真を公開して話題を読んだ雑誌『トワイライトゾーン』(1987年12月号)という当時のオカルト誌に、宗教団体設立後の麻原自身が占星学的手法を取り入れて予言した「私の予言は世界的規模でひとつずつ現実になっている!」という寄稿文がある。この記事では「富士山噴火」や「日米経済戦争」を匂わせるような予言を行っているが、両方とも現実にはなっていない。

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コメント

3:匿名2015年3月28日 16:10 | 返信

そりゃまあ後からならなんとでも、とか、
テロが騒がれてるご時世だから保守的にしとけば良い、みたいな軽薄さがなんとも言えない感じ

当時思ったのは、麻原という人はよくあのビジュアルでカリスマを発揮できたなー、と

2:匿名2015年3月24日 19:01 | 返信

ダライ・ラマはその後麻原に関して誤りだったと認めていたような…

1:匿名2015年3月23日 23:50 | 返信

記事中にダライ・ラマですら見抜けなかったなどと書かれておいでですが、麻原彰晃はダライ・ラマなどに実際には謁見すらしていませんよ。
ダライ・ラマに認めらたなどというのは麻原彰晃による虚言でしかありません。
ですのでビートたけしさんや他の方についてはわかりませんが、少なくともダライ・ラマですら見抜けなかったという記述は間違っております。
間違った情報で人を貶めかねない記述はいかがなのでしょうか。

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