【臨界事故ミステリー】悪魔の球体デーモン・コアの目覚め ― 1人の学者がプルトニウム塊にブロックを積んだその時…

●悪魔はなぜ、球体なのか?

 6.2キロの「デーモン・コア」は臨界量に満たないため、このままなら、急激で連鎖的な核分裂は起こらない。だから、とりあえず安全な状態にあるのだが、とはいえ、プルトニウムやウランの内部では「ゆっくりした、散発的な」核分裂が常に起きている。こうした自然な分裂を「自発的核分裂」と呼ぶ。

 原子核が分裂すると、生まれた中性子が外に向かって逃げてゆく。もし、「デーモン・コア」が球ではなくて、アルミホイルのような箔状だとすれば、表面積が大きいから、中性子は逃げ放題となり、連鎖反応の危険はない。だが、球状になると、同じ量に対する表面積がぐっと小さくなるため、中性子は逃げ出しにくくなる。

 逃げそこなった中性子は、球の内部の原子に衝突して、その原子核を壊し、あらたな中性子を発生させる可能性がある。そして、二次的に生じた中性子が、つぎつぎと三次、四次…の中性子を、ネズミ算式に発生させるのが「連鎖的核分裂反応」だ。つまり、悪魔のコアが球型をしているのは、それがもっと臨界に達しやすい形だからなのだ。


●青年核物理学者ハリーの実験

【臨界事故ミステリー】悪魔の球体デーモン・コアの目覚め ― 1人の学者がプルトニウム塊にブロックを積んだその時…の画像2ハリー・ダリアン氏

 1945年、8月21日─。火曜日の夜のことだった。若きアメリカ人核物理学者ハリー・ダリアン(Harry Daghlian/1921~1945)は、ロスアラモス国立研究所で、「デーモン・コア」を使った、デリケートな実験に没頭していた。まだ24歳で、パデュー大学の物理学専攻の学生だったが、飛び切り優秀な学徒として、1942年以来、核開発競争の最前線で働いていた。

 ハリーの実験は、不安定な金属であるプルトニウム球のまわりを、ブロック状の金属で取り囲むことにより、さらに不安定な状態、つまり臨界ぎりぎりにまで導こうとする危険きわまりないものだった。

 アメリカは当時、核兵器を持つ世界で唯一の国だったが、この状態は長く続きそうもなかった。やがてまちがいなく核武装する敵と渡り合うには、核爆弾の生産とともに、それをグレード・アップさせる必要があると政府は考えていた。

 この時点で、科学者たちに課せられた研究の一つは、爆弾の核燃料を最大限に活用すること、つまり核燃料をすべて中性子に変える技術の開発にあった。

 プルトニウム239の内部では、つねに、原子の核分裂が起きていて、壊れた核は中性子を放出している。この中性子は、別の原子に衝突して、それを「壊す」ことがある。壊された原子が再び、中性子を放出し、それがまた別の原子を壊し…。

 非常にゆっくり起こる、この自然な分裂プロセスを、人為的に高速化し、もはや制御不能な「連鎖的核分裂反応」に持ってゆくテクノロジーが原爆であり、分裂をコントロールしながら、その際に生じる熱で水を水蒸気に変え、タービンを回転させて電力を得るシステムが原子力発電である。


●悪魔が目覚める時

 ハリーはその夜、「デーモン・コア」を使って、実際の爆弾として使用するために適切なプルトニウムのサイズと密度を決定する実験を行っていた。

 彼は、酸化タングステンのブロックで、コアをとり囲みはじめた。これは、中性子を反射する、非常に密度の高い物質で、中性子反射体と呼ばれる。コアから自然に放射された中性子は、このブロックに反射して、ふたたび、コアに戻ってゆく。ブロックが高く積み上げられるほど、コアに戻る中性子の数が増え、コア内部では、核分裂が活発に起こるようになる。

 この時、ブロックをコアに近づけ過ぎると即座に臨界状態に達して、核分裂が始まり、大量の中性子線が放たれてしまう。ハリーは連鎖反応を、臨界状態─制御された連鎖反応を意味する─ぎりぎりまで持ってゆこうとしていたが、もちろん、それを超えようとは夢にも思っていなかった。

 ブロックで、彼は悪魔の周りに、たてよこ約10インチの壁をゆっくりと築いていった。ガイガーカウンターがけたたましい音をたてた。多量の中性子がいまや、コア内に向かって反射しはじめていた。「デーモン・コア」はじりじりと、臨界状態という目覚めに向かいつつあった。

●ほとばしる青い閃光

 緊張が頂点に達したその時、ハリーの手からブロックが落ちて、プルトニウム球の右上に当たった。悪魔は、この時を待ち構えていたかのように、たちまち臨界に達した。

 瞬間、放射線の放出を告げる青い閃光が迸り、ガイガーカウンターが悲鳴をあげた。ハリーはパニックになり、落としたレンガをつかみとったものの…再びそれを落とした。

 ようやく我に返った彼は、実験用テーブルを一気に「ちゃぶ台返し」に持ち込もうとしたが、それはあまりにも重かった。やむなくプルトニウム球の周りから、一つずつブロックをとり除けはじめた。やがて連鎖反応は停止し、ガイガーカウンターは落ち着きを取り戻した。

 この間、およそ1分。それはハリーとっておそらく、人生で最も長い1分だったにちがいない。彼は致死量の放射線(推定5.1シーベルト!)に曝されていて、すぐさま病院に収容された。

 数日後、手が放射線火傷のために無残に膨れはじめた。その後、症状は悪化の一途をたどり、事故後25日たった9月15日、彼は急性放射線障害のために死亡した。この実験の顛末については、是非、再現映像をご覧いただきたい(ただし、事実とは異なる脚色あり)。


※後編の配信は明日夜を予定。デーモン・コアの新たな犠牲者と、浮上する2つの謎

文=石川翠

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