28歳のカレンはなぜ怪死した? ― 原子力関連企業を内部告発した女性の「最期の7日間」

 こうした一連の出来事に背中をおされて、カレンはついにこれまでの経緯を世に訴える決心をした。11月13日、工場の不正行為を証明する文書の束を手に、労働組合の全国代表およびニューヨーク・タイムズの記者と会うために、白のホンダ・シビックで単身、約30マイル離れたオクラホマシティにある、組合事務所に向かった。

 深夜になって、対向車線をこえ、暗渠に衝突した車の中から、彼女の死体が発見された。このとき、カレンの血液から通常の2倍の濃度の「クアールード」(Quaaludes/鎮静剤・催眠剤の商標)が発見されたとして、オクラホマ州警察は、事故を居眠り運転と決めつけた。

 ちなみに、クアールード錠剤はもともと、インドで抗マラリア剤として製造された非バルビツール酸系の催眠鎮静剤だ。主成分はメタクアロン(methaqualone/ C16H14N2O)。副作用として強い睡眠効果があるため、睡眠薬として使用されるようになったが、言語中枢や運動中枢が冒されていわゆるラリった状態になることからドラッグとして重宝されもした。後に、長期の服用が痴呆症の原因になるとわかり、製造が中止された。日本ではハイミナールと呼ばれた。

 

故意に追突された?

 けれども、彼女の肉親と支援者たちは「路上に残されたブレーキ痕を指摘し、眠っている人間にブレーキを踏めるはずがない」と反論。さらに「車のリア・バンパーの凹みやペイントの擦り傷から、カレンの車が後ろから近づいてきた車に故意に追突されて道路からはじき出された」と考えた。ちなみに、ニューヨーク・タイムズの記者に手渡されるはずの文書は車内から消えている。

 この事件は社会的に注目され、工場に連邦捜査の手が入り、やがてカレンの主張の多くが真実であることが証明された。このため、カー・マギー社は1975年にシマロン・プルトニウム製造工場の操業を停止した。

家族がカー・マギー社を提訴。次々と怪死する関係者

 そして1979年、カレンの父親と子供たちは、不法死亡および、プルトニウム汚染の故意過失(willful negligence)により、カー・マギー社を提訴した。リチャード・ラシュキが著した『カレン・シルクウッドの殺害』によれば、家族の雇った弁護士は嫌がらせと脅迫を受け、それは肉体的な暴行にまでおよんだという。また、裁判のカギを握る証人たちは予定の喚問の前に、1人また1人と理由の知れない自殺を図った。

  裁判の末、陪審団は損害賠償として、家族に1050万ドルを支払うべしとの評決を下した。だが控訴審では、それがわずか5000ドルに減額された。1984年、米国最高裁判所がこの判決を再び覆したために、カー・マギー社は138万ドルを支払うことと引き換えに遺族側に示談をもちかけた。けれども不正行為の責任を認めなかったため、訴訟は再審を目指すことになった。

それでも企業は死者に復讐をする

 さて、死んだカレンはそれからどうなったのか。それを知るあなたはきっと、やり場のない気持ちにいてもたっていられなくなることだろう。カレン・シルクウッドを暗殺(?) した後も、カー・マギー社の憎しみの焰は消えず、最後に実に卑劣な復讐を行うことを忘れなかった。

 彼女の遺体は社の指示により、事故現場からロス・アラモス研究所に冷凍されたまま空輸された。そこは、核兵器の研究開発の最前線といった表の顔のほかにもう1つ、放射能にまみれた労働者の遺体や臓器類がひそかに運びこまれて遺棄される、核のケガレの最終処理場という裏の顔をも持ち合わせていた。

 カレンの体はすでに〈放射線人間〉ないしは〈死んだ放射線発生器〉と化していて─まるであのゴジラのように─研究所の科学者たちを驚かせた。ウソかマコトか、彼らはその凄まじさに、顔を見合わせて笑ったという。

 放射線量を測定した後、カレンの亡き骸は110度のオーブンで乾かされ、ついで、マッフル炉で焼かれた。そして、最後に、灰になった彼女は、酸ですっかり溶かされた。こうしてドロドロになったカレン・シルクウッドは、おそらくいまでも、1筋の光もさしこむことのない、高レベル放射性廃棄物の地下保管所のドラム缶かなにかの中に封じ込められているにちがいないのだ! 半減期が2万4000年のプルトニウムがほぼ無害になるまでに要する時間はおよそ10万年…。カレンの長い長い眠り─それはひょっとして一種の〈流刑〉なのではあるまいか?─はまだ、始まったばかりだ。

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文=石川翠

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