人間がチンパンジーに発情しない理由とは? 生態学者・五箇公一が語る「生物多様性」から、ハイブリッド生物、UMAの見分け方まで

■UMA、ハイブリッドの見分け方とは?

人間がチンパンジーに発情しない理由とは? 生態学者・五箇公一が語る「生物多様性」から、ハイブリッド生物、UMAの見分け方までの画像3ゾンキーと呼ばれるロバとシマウマの種間雑種。

 五箇先生の研究内容をわかりやすく教えてもらえた。ここからがtocanaの本領発揮。UMA、ハイブリッドの見分け方を現役の生物学の大家に質問してみたのだ。

——tocana的な質問になるんですが、不思議な生物にUMA、ハイブリッド(キメラ)、奇形生物などがありますね。自然な生き物とどのように見分ければいいのでしょうか。

五箇 UMAは見分けるのは難しいですね。そもそも見分けがつかないからUMAでもある。大昔の人はダイオウイカをクラーケンだと思ったはずです。要するに標本が取られず、図鑑に記載できていない目撃情報だけの生物はUMAと見ていいだろうとは思います。ハイブリッドや奇形は、環境とリンクしていますね。環境が変わったことで、今まで別々に生息していたものが合体して雑種ができたりもします。その雑種の合体が人間による環境変化によるものか、自然現象によるものかを見分けることが環境問題として大事なポイントです。

——ヒョウとライオンをかけ合わせたレオポンは人間によるもの。オオカミとイヌなら自然状態でも起こりえるものですね。

五箇 オオカミとイヌの交雑は確かに野外で起こりますが、もともとイヌはオオカミを原種として人間が育種によって誕生させた家畜動物なので、これらの間の交雑も純粋な意味での自然交雑にはなりません。自然交雑は、もともと存在した別々の野生種が、自然の流れの中で交雑して生じます。例えばハイブリッドゾーンといって、そうした野生種同士が出会って雑種を形成するエリアが自然界にはあります。2種が隣り合って分布していると、その分布境界の間で雑種が生まれる。雑種帯といって、植物、昆虫などでたまに見られます。

 しかし、こうした雑種帯は、むしろ生物全体からみればマイノリティで、多くの種はやはり交わらないように進化します。そのメカニズムを簡単に説明するとAという環境に適応したaという種とBという環境に適応したbという種がいるとします。それぞれの環境でスペシャリストになっている。AとBの環境の狭間でそれが重なるcというハイブリッドが生まれたとしても、それはどっちつかずの形質を持つこととなり。環境AでもBでも、もともといる種aや種bに負けてしまう。どっちつかずのハイブリッドが環境に適応できずに死んでしまったら、子ども、子孫への投資としてハイブリッドをつくることは種aにとっても種bにとってももったいないことので、種aと種bは交尾しない方向に進化して行きます。これをリプロダクティヴアイソレーションReproductive isolation(生殖隔離)といい、生殖隔離が成立することで種として独立するのです。だから人間もチンパンジーを見ても発情しない。種として独立しているんですね。


■人間がチンパンジーに発情しない理由とは?

人間がチンパンジーに発情しない理由とは? 生態学者・五箇公一が語る「生物多様性」から、ハイブリッド生物、UMAの見分け方までの画像4チンパンジー「Wikipedia」より

——なるほど。チンパンジーに襲われる女性というニュースもあった気がしますが。

五箇 人間も含めて類人猿の社会にはかつては乱交状態があったはずです。我々ホモサピエンスはネアンデルタール人と交雑していたことも最近わかってきた。この原始人同士の交雑では、雑種化が進む中で、人口比率の大きかったホモサピエンスの遺伝子にネアンデルタール人の遺伝子が置き換わって行って、最終的にネアンデルタール人の遺伝子が滅び、すなわちネアンデルタール人も滅んだと考えられています。結局、人類とネアンデルタール人の間には生殖隔離が進化する間もなく交雑が進んで、一方が遺伝的に則られてしまった。このケースでは両者が遺伝的に近かったことや、雑種が特に環境適応において劣勢になることもなく、交雑が進行したと考えられます。でも、雑種に何らかの適応度の劣化が生じれば、交雑そのものに無駄遣いが生じることになるため、遺伝子レベルで淘汰が起こる。そういう無駄な交雑をやめようとする遺伝子が優位に立っていく。「あいつ毛深すぎない?」と認知する遺伝子が優位に立っていくと、いずれチンパンジーを見ても「猿だ」とわかるようになる。

 これを交尾前の生殖隔離機構といいます。見ただけでわかる。一方、交尾後生殖隔離というのは、交尾はできるけど、卵がちゃんと孵化しない。生まれた子どもは次の子どもを残せない。これは細胞の染色体構造の違い等、生理的なメカニズムで隔離が起こっており、こうした交尾後生殖隔離からはじまって、交尾そのものを避ける交尾前生殖隔離へと進化して行く。だんだん無駄遣いしないように進化していくわけですね。

——進化とは賢いシステムですね。

五箇 一方AとBという別々の種が存在して、それぞれの生息地の間に海など移動を隔てるものがあると生殖隔離のメカニズムは進化しないため、出会わせると交尾はできてしまう。我々の研究ではクワガタムシがそうです。飛翔能力が低い昆虫なので、島ごとに定着すると時間とともに遺伝子も違うし、形も変わった種へと独立していく。やがて何百万年という時間が経てば種分化を果たし、交尾はできなくなるはずなんです。ところが出会わなければ、メカニズムを変化させる淘汰圧もかからないので、繁殖に係る形質が、昔のまんま維持されてしまうことがある。クワガタムシではそれが起こっているみたいで、東南アジアのクワガタを日本に持ってくると交尾して生殖能力を有した雑種もできてしまう。これは人為的な進化のかく乱になります。これは遺伝子の多様性という観点から問題と考えられます。せっかく何百万年かかってできた遺伝的多様性を人間が壊すことになります

——それが壊れたらなにが起こるんですか? 新しい種が生まれたことにはならない?

五箇 新しい種が生まれていい、という考え方も確かにあります。クワガタの「国際結婚」の何が悪いと言われると毎回答えには困ります……。直感的に「なにかもったいなくないですか」と答えますね。クワガタがせっかくキレイにアゴの形や色の違いを出し、進化したのに、人間のせいでまたバリエーションが減ってしまうのはもったいない。意外とこう聞くと納得してくれるひとは多いです。

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