人間がチンパンジーに発情しない理由とは? 生態学者・五箇公一が語る「生物多様性」から、ハイブリッド生物、UMAの見分け方まで

人間がチンパンジーに発情しない理由とは? 生態学者・五箇公一が語る「生物多様性」から、ハイブリッド生物、UMAの見分け方までの画像5中国で誕生した豚の奇形生物「YouTube」より

■奇形と進化の違いとは?

——福島の被爆があったとき、一部の生物学者が「被爆により奇形生物が生まれても、進化である」と主張していましたが、いかがですか?

五箇 それは進化ではありませんね。進化はあくまでも自然環境に対する生物の応答です。原子力発電は人間が開発した反自然的現象です。人間が起こした環境変化に対し、生き物たちが生き残ろうとする淘汰は進化ともいえなくはない。でも個人的には原発事故がもたらした被爆による奇形は、生物学的進化と簡単に受け入れることはできない。

 自然現象は自然の流れで起きることであって、たとえ隕石が落ち、爆発しようが原発の被爆状態にはならない。人間が起こす核融合、核分裂は非自然的なものです。宇宙で爆発が起きて、地球に放射線が来ることも起こりはします。でも、人間が起こしたことは、本来起こらなくて済んだはずのことであり、自然現象と同列に扱うことは科学として筋が違うと思います。


■自然破壊は石炭燃料の使用から始まった

——人間は反自然的なことをしている生き物なんですね。

五箇 太古から人間が木や作物の種、家畜やペットを持ち歩いています。それも外来種の問題といえば問題でした。ただし、当時は人間の活動速度と範囲にも限界がありました。石炭、石油という化石燃料を掘り出してから、爆発的に人間の行動領域、速度が大きくなっています。ジェット旅客機やタンカーなど人間の生物としての自律的な運搬能力を超えるテクノロジーであり、ほかの動物はそのような能力をまず持ち得ません。今は生物移動の歯車が大きく狂っている状態です。

——化石燃料も元は生物たちの死骸ですよね……。問題の発端になっているとは皮肉ですね。

五箇 実は外来種と温暖化問題は、時期的に化石燃料の使用とぴったり一致しています。従来、人間がたき火を燃やすぐらいのCO2排出量であれば、植物たちが吸収して酸素に変えることができました。でも、地下に埋まっている化石燃料を燃やすと植物の吸収が間に合わない。ましてや、森林伐採も含め、緑はどんどんなくなっています。今はCO2が原因の温室効果ガス問題が深刻化しているんです。生き物と地球環境の異変がパラレルに発生している。どこかでブレーキをかけないと、破壊がどんどん進んでしまいます。

——外来種問題も地球環境に警鐘を鳴らしているのかもしれないんですね。

五箇 外来種問題を後押ししているのは、都市開発です。今は地球規模でアーバナイゼーションUrbanization(都市化、宅地化)が進行している。ニア・トーキョーともいうべき同じ形、規模で都市が世界的に作られている。普通はアメリカの魚を日本に連れて来ても、環境に慣れず繁殖できない。自然生態系が健全だと入り込む余地がない。だから、これまで全く人が入ったことのない自然生態系には外来種はあまり定着できないんです。

 ところが人間が住んでいる土地は、畑を作ったり、アスファルトを敷いたり、環境を変えてしまうんですね。すると在来の生き物が住みにくい環境になってしまう。そこに外来種が入り込むと住みやすい。環境破壊のパターンが同じだと、はびこる外来種も似てきます。決まったアリやクモ、雑草が世界的規模で分布を広げていく。そこで起こるのが“多様性の劣化”です。

——劣化に問題があるんですか?

五箇 本来なら地域ごとの環境に応じてきた種があります。日本には日本のタンポポやツバキが生え、外国には外国の草花の種があり、それぞれの花に応じた昆虫が進化する。それと同様に我々人間社会にも地域ごとに環境に応じた様々な文化や文明が進化して来た。我々が海外に行って面白いのは日本で見られない蝶や花といった自然産物やそれらが織りなす独特の景観、人間が造った建造物や食文化を見て味わえるからです。それらは環境が作り出した、個性であり固有性です。地球上にはいろんな環境があり、生物多様性があることで安定した生物圏(生物が生息できる地球上のエリア)が作り出され、そのなかで人間社会の多様性も生み出されて来た。でも、同じような都市開発をすると同じような外来種が集まってしまう。どこに行っても同じ草や蝶、アリ、クモが生息することになる。

“多様性の劣化”が起こると生態系機能が麻痺してくる。似た生き物ばかりになると、極端な話、環境が酸欠状態や水不足になったりと、生態系の機能が正しく働かない。人間社会も同じで、グローバリゼーションの進行が文化的遺産の喪失を招き、国ごと、地域ごとの産業や経済の危機を招いている

 最終的には人間自身がしっぺ返しをくらうときがくるのではないかと懸念されます。非常に住みにくい社会になっていく可能性が高い。だから、外来種はなるべく排除、管理していって外来種がはびこらない環境を作っていくことが大事だと考えられます。そういう環境を生み出してくためにも社会や世界、そして個々人が環境や外来種の問題に目を向けるよう動かしていく必要もあります。

——生物多様性の劣化はたしかに社会に浸透しているとはいいづらいです。

五箇 国際的には生物多様性条約というものがあります。2010年には第10回の条約締約国会議、通称COP10(コップテン)が愛知県名古屋市で開かれました。その時は国民のみなさんも興味を持ってくれていたのですが今では多くの人の頭から生物多様性が消えかけている……。僕がテレビなどメディアに出るのも、生き物の話をわかりやすく伝えて、生き物に起こっている異変を知ってもらいたいという目論見があります。
(取材・文=松本祐貴)

第2回目は「昆虫宇宙人説の真偽について」8日配信予定

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五箇公一(ごか・こういち)
1965年、富山県生まれ。国立環境研究所生態リスク評価・対策研究室室長、農学博士。京都大学農学部卒業、京都大学大学院昆虫学専攻修士課程修了。宇部興産株式会社に入社し、殺虫剤、殺ダニ剤を開発する。1996年から国立環境研究所にて生物多様性の研究や法律改正などに関わる。著書に『クワガタムシが語る生物多様性』(創美社/集英社)などがある。

松本祐貴(まつもと・ゆうき)
1977年、大阪府生まれ。編集者・ライター・世界のマイナー酒・居酒屋研究家。大学在学中からライターをはじめ、その後、雑誌記者、出版社勤務を経てフリーで活動する。テーマは旅、酒、サブカル、趣味系など多数。初の著書『泥酔夫婦 世界一周』(オークラ出版)が発売中。・ブログ~世界一周~旅の柄:http://tabinogara.blogspot.jp/

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