スターリンの忠実なる“死刑執行人” ロシアの怪奇人物・ラヴレンチー・ベリヤの冷酷な生涯とは?

■大祖国戦争、副首相への就任、そして……

スターリンの忠実なる死刑執行人 ロシアの怪奇人物・ラヴレンチー・ベリヤの冷酷な生涯とは?の画像5ベリヤと彼の息子、セルゴ・ベリヤ(右)ソ連国民の大部分にとって悪夢の象徴である父ベリヤを息子の彼は終生擁護し続けた。(2000年10月に75歳で他界)

 1930年代後半の時期は、ベリヤの人生の中でまさに全盛期と言えた。スターリンによる粛清実行の最高責任者として辣腕を振るい、自らに背く者、邪魔な者を容赦なく逮捕・投獄・処刑する一方で、自身の名前を冠した建造物やスポーツ大会、芸術祭を多く催し、そのたびに自身の権力に取り入ろうとする多くの部下・民衆・地方党幹部から賛辞を贈られ、新聞・ラジオ等のメディアは連日のようにベリヤの“偉業”を讃える報道を展開した。

 1940年にソ連がポーランドとバルト三国を併合すると、ベリヤはこれらの国々の人々の強制移住を指揮した。すでに39年にソ連共産党の政治局員候補となっていたベリヤは、同年6月にナチスドイツが侵攻を開始すると、連邦国防委員となった。第二次世界大戦(ソ連の言葉では大祖国戦争)中、ベリヤはもっぱら国内問題の処理に当たり、国家に背いた「政治犯」としてエヌ・ケー・ベー・デーの労働キャンプに収容されていた人々を、戦時生産活動に使役し、奴隷のように酷使した。

 41年2月に人民委員会議副議長に選出されると、脱走兵の処刑やスパイの摘発で辣腕を振るった。また対独協力の嫌疑をかけられた北カフカース地方の少数民族の強制移住を指揮し、その過程で足手まといになる者を容赦なく銃殺した。また彼は多くのポーランド捕虜をエヌ・ケー・ベー・デーが銃殺した「カティンの森事件」の首謀者であり、戦中から戦後にかけて日本人捕虜が多く収容されたいわゆる「シベリア抑留」を始めとする、多くの外国人捕虜収容の最高責任者であった。

 だが大祖国戦争が終結すると、さしものベリヤの権勢にも翳りが見え始めていく。1946年にベリヤはエヌ・ケー・ベー・デーの議長職を離れたが、スターリンによって第一副首相に任命された。だが後任のエヌ・ケー・ベー・デー長官であるセルゲイ・クルグロフ、さらに同年ソ連国家保安相に就任したヴィクトル・アバクーモフは、アンドレイ・ジダーノフらと組んで、あからさまに反ベリヤの動きを加速させていく。

 これに危機感を募らせたベリヤは48年のジダーノフ死後、ゲオルギー・マレンコフらと組んで、ジダーノフ派の大粛清を行う(「レニングラード事件」)。スターリンの死後、ソ連の最高指導者となるニキータ・フルシチョフが反ベリヤの急先鋒となる。ベリヤはソ連の衛星国であった東欧諸国の秘密警察の長官の多くにユダヤ人を起用していたが、やがてそのことはソ連国内において反ユダヤの動きを促進することとなる。多くのユダヤ人がソ連国内において逮捕され、強制収容所に収監された挙句、処刑された。これらはスターリンの命令であったと言われている。結果としてこのことがベリヤとスターリンの関係に亀裂を生んだ。1953年にスターリンは死去したが、これにはベリヤによる暗殺説が今も根強く残っている。

 スターリンの死後、マレンコフが最高指導者となりベリヤは第一副首相となったが、結果としてポストが彼より下のフルシチョフによってベリヤは失脚に追い込まれた。1953年2月、ベリヤは「英国の諜報機関と結託し、秘密警察と党を国家の上に置き、ソビエトの権力を掌握しようとした」として特別法廷において、彼の部下とともに死刑が宣告された。その瞬間、ベリヤは泣きながら命乞いをしたが、結果としてかつて自分が長官を務めていたエヌ・ケー・ベー・デーのあったモスクワ中心部・ルビャンカ広場にある内務省の地下に連行され、12月23日に銃殺刑に処せられた。

 スターリンという後ろ盾を失った後のベリヤの失速ぶりからは、専らスターリンという存在を拠り所としてしか成り立ち得なかった彼の権力基盤の脆弱性を、はっきりと見て取ることができる。

 生来の冷酷な野心家として他人を罠に嵌めて追い落とす天賦の才能を持ち、自己の栄達と保身のためにスターリンという最高権力者の懐深くに食い込み、その権力をほしいままにした男は、自らが自在に操ったその権力によって惨めな最期を遂げたのである。(後編へ続く)

文=樹海進

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