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 今月、米マサチューセッツ州北東部の町ピーボディで「ジョン・プロクター・ハウス」と呼ばれる古民家が売りに出され、米「Time」などでも報じられた。アメリカへの入植が始まった頃の面影を残す二階建ての一軒家で、463平方メートルという大きな敷地に、6つのベッドルームと2つのバスルームがある。内部は改装されているものの、古き良き時代の雰囲気を感じさせる建物だ。気になる価格は60万ドル(およそ6700万円)となっている。

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外観。画像は「J Barrett & Company」より引用

 ジョン・プロクター・ハウスは国家歴史登録財にも指定されているのだが、注目されている理由は建物自体の価値ではない。かつてこの家に住んでいたプロクター家にまつわる、アメリカ植民地時代の暗黒の歴史である。


■ジョン・プロクターの悲劇

 17世紀の後半、この家にはジョン・プロクターとその妻子が暮らしていた。ジョンは1632年にイギリス・サフォークで生まれ、わずか3歳で両親と共に現在のマサチューセッツ州イプスウィッチに移住する。父は資産家で多くの不動産を所有しており、プロクター家は一帯で最も裕福な一家だったという。

 成長したジョンも父譲りの才能を発揮し、大規模な農場や宿屋を経営していた。早世した最初の妻との間に4人が生まれるも、1人を残してすぐ死んでしまった。1666年、再婚したジョンは近くのセイラム村へと移住する。新たな妻との間にも7人の子どもが生まれたが、大人になるまで生き残った子どもは数人だけだったという。この妻も1672年に亡くなり、3人目の妻エリザベスを娶って、さらに7人子どもが生まれている。

 家族ぐるみで農場と宿屋の経営を行い、地元の名士として知られたプロクター家の運命が狂い始めたのは1692年のことだ。彼らの住むセイラムで、少女たちが町の人々を次々と魔女と告発する騒ぎが始まったのだ。悪名高き『セイラムの魔女裁判』である。

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