泉鏡花の墓の“お供えの酒”を飲んで寝てたら幽霊が出た!雑司ヶ谷墓地での墓酒体験記【ピスケン新連載】

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画像は「Getty Images」より引用

 肌寒さで目覚めた。夜だ。

 腕時計を見ると、もう深夜二時近くである。なんとまあ、のびのびとぐっすり眠ったことか。

 遠くにだが、ぽつんぽつんと外灯があるので、墓場は真っ暗闇ではない。ブルー・グレーの景色の中に、墨の濃淡がある。

 私は座り直し、3合ほど残った一升瓶の酒をグラスについだ。

「帰りがけに荷風の墓へ寄り、あのワイン・グラスを捨て、この酒を供えていこう」

 真夜中の墓地は気分が良い。私は人一倍こわがりだが、夜の墓場はまったく平気だ。夜の墓場に幽霊では、意外性がないからだろう。

 だが――。

 不意に視界の隅に、ふらふらと白いものが入った。ざっと50メートル先に。

 ぞっとして立ち上がり、ゴミ袋をひっつかむ。

 夜目にも光る、真っ白な着物姿だ。ヒタヒタとした、草履の足音が耳に喰いつくようだ。

 私は足音を殺し、腰をかがめ、早足で逃げる。

 振り返るのが怖かった。あの女に違いない。

 しかし昼に見たときと、雰囲気がまったく違う。魔が白装束して、闇雲に追っかけてきたようだ。振り返った瞬間、女の首が肩まで伸びてきて、私の首をひやっと巻きそうだ。場所が場所である。怪談とお化けを謳って死んだ作家たちのブロックだ。言霊が渦巻いている。

「私には死ねとおっしゃってくださいな」

 肌がざわついて、早足が、駆け足となり、全力疾走となった――。

 翌日の午後2時。鏡花の墓の前に立った。

 供えられたグラスの酒が呑み干され、空っぽの一升瓶が立っていた。

「あれから、深夜の酒宴があったのか」

 強く悔やんだ。魔と一緒に呑むべきだった。あんなチャンスは、もう二度とないだろう。

 火のつけられていない煙草が一本、墓前に落ちていた。なんと「両切りのウィンストン」だ。吸い口に口紅がついている。こんな煙草を、女が?

 それを咥え、火をつける。ひと吹きすると、鏡花の墓前に供えた。

「さすが先生。凄い女がよってきますねえ……感服いたしました」

 荷風の墓前には、今夜もまだ黒いグラスがあるだろう。

(おわり)

文=曽根賢

元「BURST」編集長、ピスケンこと曽根賢。のちに『TATTOO BURST』『BURST HIGH』などを編集。その後は作家に転身し、2000年に『バースト デイズ』で第22回野間文芸新人賞候補に。近著に短編小説集『The Shelvis 7インチ盤小説3部作』がある。
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