泉鏡花の墓の“お供えの酒”を飲んで寝てたら幽霊が出た!雑司ヶ谷墓地での墓酒体験記【ピスケン新連載】

 雑司ケ谷墓地のスーパースターは、夏目漱石だ。

 しかし、その墓はひどく美意識を欠き醜悪だ。江戸っ子の夏目金之助の墓とは思えない。大仰すぎる。巨大な西洋の玉座みたいな形をしているのだ。

泉鏡花の墓のお供えの酒を飲んで寝てたら幽霊が出た!雑司ヶ谷墓地での墓酒体験記【ピスケン新連載】の画像5
夏目漱石の墓。画像は「Wikimedia Commons」より引用

 弟子の設計士作だが、妻の鏡子も気に入らなかったらしい。ましてや、あの癇癪持ちの漱石だ。

「こんなハカイシぶち壊してしまえ!」と怒声が聞こえそうだ。

 私は墓を見上げながら、「センスのない、無教養な弟子たちがいたもんですねえ」と、慰めにならない言葉をかける。

 嘘みたいな話だが、漱石の墓にはちょくちょく猫がいる。しかし残念ながら黒猫ではない。茶トラの猫だ。今日は見えない。

 私はグラスの酒を呑み干すと、また、鏡花の墓へ向かった。そろそろ大丈夫だろう――。

 墓前には、高価な香りの線香が焚かれ、白いハンカチの上に、酒の入ったグラスが供えられていた。なんと、あの白い着物姿の女は、鏡花の墓へ参りに来たのだった

 花は3本2対の、赤いグラジオラス――花言葉は、情熱的な恋・忍び逢い・用心・忘却・勝利。

(私は20歳前後、英国のロック・バンド「ザ・スミス」が好きで、ボーカルのモリッシーが腰ばきのリーバイスの尻ポケットに差しこんでいた、グラジオラスの花束の意味を探り、今だにその花言葉を憶えていたのだ)

 線香の煙とは別の、白い湯気がグラスから上がっている。

 そっと、触れてみる。熱い。思った通りだ。やはり魔法瓶にでも詰めてきたのだろう。

 湯気を嗅ぐと、飛んだアルコールが鼻の奥を突き、一気に酔いがまわる気がした。

 一升瓶はグラスの脇に移動していた。その首をつかむと、さっそく手にもったグラスにつぐ。

 鏡花先生にも酒がわたったのだから、これで、気楽に呑める。

 私は鏡花のグラスに、自分のグラスをチンっと合わせた。

 顔は見えなかったので、女の齢まではわからない。だが、あの着物と着こなしは、間違いなく玄人だ。

 芸者さんかな? 鏡花の妻「すず」のように。おそらく二号。本妻との勝負に勝ち、男と添い遂げるための願掛けなんだろう。と、勝手に決めた。

「別れろ切れろは芸者のときにいう言葉。私には死ねとおっしゃってくださいな」(※鏡花の「婦系図 湯島の境内」に出てくる芸者のセリフ)

 それっぽく、しなを作って言ってみる。

 はたから見たら馬鹿だ。いや、狂人か。

 ごろんと私は、墓石に頭をむけて横になった。

 ふーっ、酔った……。

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