セックスを強要する美しすぎる「発光女」の生霊 ― 川奈まり子の実話怪談『いきすだま ~追う女~』
この日、貴司さんが向かったのは実家だった。同じ関西圏ではあるが、電車を乗り継いで片道1時間ばかり離れており、滅多に顔を出さなくなって10年余りが経つ。
18で家を飛び出してから両親との間に壁が出来て、好んで帰りたい場所ではなくなった。
けれども、今はそんなことを言っている場合ではない。
「すまん。しばらく居させて!」
と、突然帰って、翌週の金曜日まで、6日間居候した。
存外、親は嬉しそうな雰囲気で、通勤に時間を取られただけで、思いがけず快適に過ごせた。
この期間はマミから何ら接触が無かったため、落ち着いてマンションの解約手続きを進めたり、引っ越し先を探したりすることが出来た。
即日入居できる物件を見つけて契約を済ませると、いよいよ引っ越しという段になり、再び先輩に協力を頼んだ。
先輩はハイエースを持っていた。2人ばかり、助っ人のあてもあるという。
そこで、金曜日に会社を早退して、マミが出勤している昼間のうちに、一気に荷物を運び出すことになった。先輩と、先輩の知り合い2人と貴司さんの計4人で素早くマンションから私物を運び出し、ハイエースに積み込んだのだが――。<
「うわぁ! マミのやつ、めっちゃ散らかしてもぉたなぁ!」
1週間ぶりに見る室内は、空き巣が入った直後のように荒れ放題に荒れていた。
「何ぞ探したんちゃうん? アドレス帳とか、通帳と印鑑とか」
「いえ。大事なもんは全部持って出ました」
貴司さんには、この部屋の状況がマミの精神の荒廃ぶりを映しているように思われ、胸騒ぎを覚えた。
部屋から荷物を運び出したことに気づいたら、どう出てくるか……。
ところで、貴司さんが新しく借りた部屋というのが、また、風変わりな物件だった。部屋自体は8畳の和室に6畳のダイニングキッチン、バストイレが付いた1DKで、何の変哲もない。
しかし、同じ建物の1階と2階に葬儀社が入っていたのである。
そのため、相場の半額以下の家賃で即日入居可能だった代わりに、オーディオ類で音を出すことを含めて、騒がしくすることが厳禁とされていた。
5階建てビルの、2階の半分と、3階から上の全フロアが賃貸マンション。葬儀社の方は、受付と相談室、事務所などは1階に、専用の出入口と直通エレベーターを備えた「ご安置室」が2階にあった。
葬儀社が何を安置するかと言えば、遺体に決まっている。2階にあるのは、ようは遺体安置室なのだった(不動産屋と葬儀社の社員は「ご安置室」または「お別れルーム」と呼んでいた)。
この葬儀社では、自宅で通夜を行うのが難しく、小さな葬儀を望む遺族向けに、自社の1室で通夜から湯灌・納官まで済ませて火葬場へ直行する簡易な葬儀プランを設けていたのだ。
ちなみに、ちょっと調べたところでは、同様の簡易な遺体安置室を設けている葬儀社は多数あった。同じ建物でマンションを経営しているところは見つからなかったが(ここもすでに他所に移転している)。
貴司さんが借りたのは、よりによって安置室のすぐ隣の部屋だった。
事前に不動産屋から説明を受けて、納得づくで借りたのだが、引っ越しを手伝ってくれた先輩は「よくもまあ、こないな珍しい物件を見つけたな!」と呆れていた。
引っ越した当夜は、先輩のバーで手伝ってくれた2人に奢りながら、朝まで先輩たちと飲み明かした。
深夜、先輩の携帯電話にマミから電話が掛かってきたが、先輩が出るとマミは無言のまますぐに通話を切り、繰り返し掛けてくるわけでも、店に押しかけてくるでもなかった。
土曜日から、件の葬儀社のマンションで寝起きすることになった。
会社は休みだったから、朝から部屋の片づけをし、食事は近所のコンビニで買ってきたもので全部済ませて、適当な時間に就寝した。時計を見ることもほとんどしなかった。
どれほど眠ったかわからないが、おそらく明け方近くなって、息苦しさと共に目が覚めた。
うっすらと線香の匂いが流れている。蒲団に入ったときには、そんなことはなかった。今日は安置室は使われていないと思っていたが、夜中に線香を焚いているということは、お通夜なのだろうか?
気になったが、このときはすぐまた眠ってしまった。
ところが、明けて日曜日の夜も再び、夜中に目が覚めると同時に線香が匂った。
昨夜のことがあったので、昼のうちに、安置室が使われていないことを確かめていた。しかも寝るまでは、まったく線香の匂いはしなかったのだ。
しかし、匂う。
どこから漂ってくるのか。暗い中、蒲団から這い出して確かめてみたら、どうも押し入れの戸の隙間から漏れてくるようだった。
――隙間など、開いていただろうか?
しっかり閉めたという自信はないが、薄く開けておいた記憶もない。隙間は2センチほどで、奥は黒一色の闇である。
中から何かが飛び出してきそうな感じがしてきた。それで、バカな妄想と承知しつつも、中に潜んでいる何かに手首をむんずと掴まれないように、素早く戸を閉めると、サッと手を引っ込めた。
閉め切ってしまえば、なんのことはない、ただの押し入れだ。
間もなく、線香の匂いも嗅ぎ取れなくなった。
月曜日の正午すぎ、デスクワークに励んでいると、上司に肩を叩かれた。
「あれ、例の彼女ちゃう?」
指さす方向を見ると、窓の外に――そう、入社した時分に気になった一面ガラス張りの壁の向こうに、マミがいた。
左右の掌をべったりとガラスに貼りつけて、こちらを覗き込んでいる。目が合うと、ニタァと笑った。
「可愛い子やな」
上司がそう悪気なく呟くのを聞いて、呼吸が苦しくなった。
頭に血が上って外に飛び出し、マミを建物の陰に引き摺っていった。
「痛いじゃない! ……でも、そういう乱暴なのも、好きよ」
うっとりした声に虫唾が走った。
「ふざけるな! 迷惑や!」
「どこに泊まってるの? なんで帰ってこないの? 服とCDと本が無くなったよ? 泥棒が入ったのかなぁ?」
「僕が取り返しただけや。あのマンションは解約するから、はよ出てってくれ!」
「じゃあ、タカシくんの新しいおうちに行くから、住所を教えて」
「……教えるわけないやろ。もう来るな!」
突き放して、走ってオフィスに戻った。
その日は、それだけで、マミが戻ってくることはなかった。退社するときに待ち伏せされることを危惧したが、大丈夫だった。
だが、翌日の昼になると、またマミがガラスに顔をくっつけてこっちを覗いていた。
前日のように追い払ったが、その次の日もまた、気がつくと巨大な蛾のようにガラスに張りついていた。
どうやら、勤め先の昼休みを利用して来ているらしいのだ。
4日も続いたので、先輩から電話でマミを諭してもらったが、一向に効き目がなかった。
「あれは、あかん。お手上げや! 愛し合ってるのに邪魔しないでくださいって言いよった! 手強いわ。……ジブン、どうする?」
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2024.10.02 20:00心霊セックスを強要する美しすぎる「発光女」の生霊 ― 川奈まり子の実話怪談『いきすだま ~追う女~』のページです。心霊、怪談、実話、生霊、川奈まり子、情ノ奇譚などの最新ニュースは好奇心を刺激するオカルトニュースメディア、TOCANAで