元ホストが語った「本当に怖い三角関係の怪談」が恐ろしい! 幸せな女を襲う生霊の闇…川奈まり子実話怪談『いきすだま ~去る女~』

川奈まり子の連載「情ノ奇譚」――恨み、妬み、嫉妬、性愛、恋慕…これまで取材した“実話怪談”の中から霊界と現世の間で渦巻く情念にまつわるエピソードを紹介する。

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画像は「Getty Images」より引用


【三十四】いきすだま ~去る女~

 怪談好きな能楽師の友人の影響で、にわかに能関係の本を読み漁っている。

 お能鑑賞の予習をするだけのつもりだったが、知るにつれ、能楽と怪談の共通項が見えてきて、本格的に引き込まれそうな気配がする今日この頃だ。

 ところで、講談師の方が、同じ語り芸でも「落語はフィクション、講談は実話」とお話しされていた。

 講談では実話に欠かせない5W1Hを明確に語るというのだ。

 実際、講談を聴いてみれば、建前としてノンフィクションであるはずの実話怪談よりも、時や場所についてはっきり語られていることがわかる。

 では、お能はどうかというと、5W1Hが比較的明確な(神話や説話の世界の中であっても)ものもあれば、曖昧なものもあり、一律には語れないようだ。

 では、お能と実話怪談に共通するところは何なのか?

 能楽が描くところの幽玄、その世界観は無論まったく実話怪談とは異なる。

 ところが、枝葉を切り落として筋立てを剥き出しにしてみると、ほとんどの話が「人も歩けば怪にあたる(=日常を生きていたら、ふいに怪異に遭遇する)」という実話怪談の王道パターンと重なっているのだ。

 お疑いの方もいることと思う。実話怪談なんて下世話なものと、高尚な芸術文化である能楽を一緒に語ってほしくないとお怒りになる方もいらっしゃるかもしれない。

 しかし、お能の筋立てを構造に注目して解説すると、たとえば、「旅の僧侶が海辺で美人姉妹と出逢うが、実は彼女らは幽霊(能楽『松風』)」、「漁師が羽衣を拾うと天女が訪れて羽衣を返してほしいと訴える(能楽『羽衣』)」といった調子なのである。

 旅の僧侶や漁師をタクシー運転手や合宿中の学生に置き換えたら、そしてまた、羽衣を、スマホや服飾品、家具や食器など現代のガジェットや、或いは得体の知れない物体に替えたら、さて、どうなるだろう?

 天女はさておき、いや、天女すら宇宙人や妖怪に置き換え可能で、そういう都市伝説的な実話怪談は数多あるではないか……。

 私も、古い箪笥を入手した友人が元の持ち主らしい幽霊に襲われる『羽衣』パターンの話を書いたことがある。旅の僧侶ならぬサービスドライバーやトラック運転手が移動中や宿泊先で幽霊に遭遇する『松風』パターンの話に至っては、もう何本書いたかわからないほどだ。

 能楽師である友人が実話怪談好きになるのも、むべなるかな、という気がした。

 ――枕が長くなってしまった。

 しかしまあ、こういうことを日頃から考えていたので、生霊がらみの体験談を聴いた途端に、お能の『葵上』を想起したのも道理なのだった。

 能楽作品『葵上』は、紫式部の『源氏物語』「葵」の巻から、光源氏の正妻・葵の上を苦しめる愛人・六条御息所の生霊が祈り伏せられて成仏するまでの一幕に焦点を当てた作品で、一説によれば「葵」を世阿弥が改作したとされている。  

 一般的に、お能というと遠い世界に感じる向きがある。そこで、現代でもよくある三角関係を思い浮かべてもらいたい。

 まず、3人の男女――男、その正妻と愛人――がいるとして、正妻は若く、男(夫・光源氏)に愛され、未来の幸福を暗示するかのように妊娠もしている。

 一方、愛人は男よりも年長で、夫と死別した寡婦(未亡人)だった。

 そして今、彼女は男の寵愛を失ったため、愛する男を二度までも奪われたことになった。その絶望は深く、幸せな女に対する嫉妬もまた激しかった。

 そんな彼女の生霊が、幸せな女を襲う。

 現実には生霊など飛ばせるものではないが、捨てられた者の絶望・嫉妬・憤怒には、誰しも共感を覚えるのでは?

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