【20年目の世田谷一家殺害事件】犯人の本当の残忍性と異常性、雄弁に語る遺留品…日本最凶未解決事件「迷宮の歪んだ真実」(中編)

■殺害後にペットボトルをラッパ飲み、アイスカップを握りつぶす

 犯した罪の大小にかかわらず、本人に多少なりとも罪の意識があれば、その場から1秒でも早く立ち去りたいはずだ。スーパーでの万引きレベルでも、その多くは、店員が気がついた時には既に万引き犯の姿はない。それが殺人ともなれば尚更のこと。その場からすぐに逃げ出したい衝動に駆られるはずだ。

 殺人を犯してでも金品を盗むことが目的だったとすれば、目当てのものを探すため、殺害後も現場に留まることは考えられる。ただ、その場合、状況は事件発覚と隣り合わせとなる。必然的に、必死になって室内を物色するはずだろう。

 だが、世田谷一家殺害事件の犯人は、アイスクリームを食べていた。宮沢さん一家4人を殺害したというのに、金銭などあるはずもない冷蔵庫を物色し、ペットボトルのお茶をラッパ飲みしながら、カップを握り潰すようにアイスクリームを食べているのである。

 その光景は、明らかに異常としか表現しようがない。

 よしんば、殺害の動機が何らか怨恨であったとしても、そのような行動は普通ではない。物音などを不審に思い、第三者が宮沢さん宅を訪問してもおかしくないのだ。そういった本来あるべき心理が、犯人には全く機能していない。

 繰り返すが、多くの殺人事件では、犯行後、犯人はすぐに現場から離れるものである。数時間にわたって現場に滞在し続け、あまつさえ飲食をすることの異常さは、通常の事件のプロファイリングでも極めて珍しいケースだろう。

 これまで警視庁は、情報提供を呼びかけるために詳細な現場状況を少しずつ公開してきた。基本的に捜査状況を公表しない他の殺人事件と比べ、異例といえるだろう。

 例えば、2009年には、ヒップバックの中から検出された砂が、米国カリフォルニア州の砂と酷似していることを明らかにした。また、現場に残されたトレーナーから、「ローダミン」という蛍光塗料が検出されていたこと、さらに、ジャンパーに残された砂が、三浦半島の3つの海岸にある砂だということも公表している。

 蛍光塗料については、宮沢さん宅の1階車庫にあった物入れの引き出しにも、同じ塗料が付着していたことが分かっている。事件当時、犯人が車庫に入った形跡がないことから、過去に犯人が宮沢さん宅を訪れていたか、あるいは、宮沢さんと犯人がこの塗料に関する仕事で一緒になった可能性などが取り沙汰されたこともあった。

 2018年には、現場周辺を再現した3D映像を作成。犯人が現場に残した黒いハンカチのレプリカと合わせて公開した。2019年には、ハンカチの真ん中に切れ込みを入れた包み方が、フィリピン北部に伝わる使用法だという情報も明らかにしている。

画像は「警視庁」より引用

 ただ、これまで公表された全てが、捜査員の総意であるかといえばそうではない。2018年には、事件当時の犯人の年齢について「15歳から20代くらいの細身の男」とやや範囲を絞って公表していたが、「その上の世代の可能性もある」と指摘する警察関係者も依然として存在する。

 警視庁が、事件当時の犯人を若者と見なしたのは、犯行の様子に加え、最も有力視された2階風呂場が侵入経路だった場合、それ相応の運動能力が必要なこと、持ち物が若者向けのものが多かったこと、などの理由からだった。細身と判断されたのは、ヒップバックの紐の長さから推定された。だが、いずれも「絶対」と断定できるものではない。事件当時に30代だった可能性もあり、異を唱える関係者は、「あの犯人像は絞りすぎている」と考えているようだ。実際、犯人像を公表した警視庁自身が、依然として容疑者を特定できていないのだ。

 それでも警視庁は、絞り出すように捜査情報を公開してきた。それは、世間に対して“どんな些細な情報でも構わないから情報提供してほしい”という姿勢の現れだろう。そこあるのは、どんなことをしても、世田谷一家殺害事件を迷宮入りにさせておくわけにはいかない、という彼らの執念だ。

後編に続く

文=沖田臥竜

作家。2014年、アウトローだった自らの経験をもとに物書きとして活動を始め、小説やノンフィクションなど多数の作品を発表。小説『ムショぼけ』(小学館)や小説『インフォーマ』(サイゾー文芸部)はドラマ化もされ話題に。調査やコンサルティングを行う企業の経営者の顔を持つ。X(旧Twitter):@pinlkiai

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