写真家・石田昌隆インタビュー!強制収容所、ジプシーの熊使い、ニナ・ハーゲン… ベルリンの壁崩壊から30年間世界を巡った音楽の旅の記録

――すでにソ連ではゴルバチョフがペレストロイカといった経済自由化の政策を進めていましたよね。

石田「そうはいっても、僕が最初にベルリンに行った89年1月の段階では、ベルリンの壁はまだずっとこのままだろうとみんな思っていました。ベルリンの壁ができたのは1961年だけど、その壁を越えようとして殺された人はたくさんいて、一番最後に殺されたのは、1989年の2月でした。少なくとも、そのときに殺された人はこの先もずっと壁があると思って、それを越えようとしたわけでしょう」

ベルリン崩壊前、アンハルター・バンカー

――壁崩壊前のベルリンには東西の緊張感があって、カルチャーも尖っていた印象があります。

石田「冷戦時代を知っている人にとっては、共産圏というのは、近所の人に密告されて秘密警察に捕まって粛清されちゃうイメージ。いつも恐怖と隣り合わせで、大人しく生きていくしかないという雰囲気だったじゃない。そういうなかで、70年代末、西ベルリンではクリスチーネ・Fという少女の物語が注目されたりしていた」

――日本では、『かなしみのクリスチアーネ』というタイトルで翻訳が出ていました。西ベルリンに住む十代の少女が売春とドラッグに溺れるというストーリーですが、その荒廃ぶりが共産圏のイメージにも合っていました。

石田「あの本は、ドイツでは100万部を超えるベストセラーになったんです。80年代にはアインシュテュルツェンデ・ノイバウテンやニック・ケイブが出てきて、東ベルリン出身のシンガー、ニナ・ハーゲンも東ドイツから市民権を剥奪されて西ベルリンに住んでいました」

アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン

――85年には、アインシュテュルツェンデ・ノイバウテンが来日しています。鉄くずや廃材を叩いてビートを刻むメタル・パーカッションが新鮮でした。当時のベルリンのカルチャーには、僕もかなり影響を受けました。

ニナ・ハーゲン

石田「そういう尖った感じのベルリンのカルチャーは、80年代半ばにいったん途切れちゃっうんです。僕が89年1月にベルリンに行ったのは、前年にヴィム・ヴェンダース監督の『ベルリン天使の詩』が日本公開されて、やっぱりベルリンには行っとかないとって思ったからですが、もう今さら行っても手遅れかもと思っていました」

――でも、その後に壁が崩壊したことを思えば、ギリギリまだ壁があった頃を観れたのは貴重だったんじゃないんですか?

石田「確かにベルリンの廃墟はどれも格好よくて、あとで確認したら、『ベルリン天使の詩』のロケ地となっていた場所をかなり撮っていたんです。実際に行ってみると、映画に出てくる廃駅はユダヤ人を強制収容所に送り出したところだったり、第二次大戦の傷跡がそのまま残っているところがたくさんありました。東ベルリン郊外にあるザクセンハウゼン強制収容所に行ったときには、その帰りに食事をしたレストランのウェイトレスと仲良くなって、しばらく文通をしていたんだけど、彼女は後にハンガリー国境を越えて亡命した人の一人になっていて、やっと自由になりましたという便りをもらって、感慨深いものを感じましたね」

ベルリン崩壊前、ザクセンハウゼン強制収容所(東ベルリン)

――壁が崩壊したのは11月、翌12月には再びベルリンに行きましたね。

石田「そうですね。ベルリンの壁崩壊に続いて、11月24日にはチェコでビロード革命が起こって、その翌日に東京ドームでU2のコンサートがあって、ボーカルのボノがチェコスロバキアに連帯するメッセージを発したんです。それで、また行かなければという気持ちになりました」

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