ヒトラーは整形手術をして南米に逃亡した!? 中継地・カナリア諸島「ヴィンター邸」の真実、海外逃亡説に有力証拠登場!

 ナチス総統にして稀代の独裁者、アドルフ・ヒトラーは本当に自殺を図ったのか。ナチスドイツの降伏の直前にヒトラーはベルリンを抜け出し、海外へ逃亡したとする説も根強く信じられているが、この“海外逃亡説”の鍵を握る場所として浮上してきたのが、カナリア諸島の謎の邸宅である。この邸宅でヒトラーは整形手術を受けたというのだ。

■カナリア諸島の島に建つ謎のヴィンター邸

 アフリカ大陸の北西沿岸に位置するカナリア諸島は人気の観光地だが、その島の1つフエルテベントゥラ島には奇妙な村があり、そこには堅牢な城のような邸宅が建っている。

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「Daily Star」の記事より

 ヴィンター邸と呼ばれるその邸宅は、第二次時世界大戦の直前にドイツ人のグスタフ・ヴィンター氏によって設計され建設されたという。

 エンジニアであったヴィンター氏だが、発電所の建設事業で財を成すとビジネスの世界からは早々と引退し、フエルテベントゥラ島の南西部の広大な土地を購入し、そこを「ヴィンター村」と名づけ、村に建てた邸宅で隠遁生活を決め込んでいたのである。

 戦争が始まると、付近の住民からこのヴィンター邸にまつわる噂話が囁かれるようになった。ナチスの軍人が密かにこの邸宅を訪れているという話が漏れ伝えられてきたのである。ヴィンター氏はナチスと何らかの関わりがあったのだろうか。その後に当局はヴィンター村を“軍事施設”と指定し、付近住民が立ち入ることを禁じたのだった。

 ドイツの敗戦という混乱期を経てこのヴィンター邸の所有者は現在、ペドロ・フメロ氏になっている。フメロ氏はこの邸宅にはいくつもの秘密が隠されていると主張している。

 邸宅の特徴はまずその堅牢さにある。壁はきわめて厚く造られていて、一番広い部屋は地下室なのだ。窓のない部屋もいくつかある。

 フメロ氏によれば邸宅の部屋の数々は防空壕であり、刑務所の独房であり、医務室であり、火葬場であるという。“火葬場”の部屋には、まさに遺体を焼却できるサイズのオーブンがあるということだ。また“医務室”の内壁は白いタイル貼りであるという。

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「The Sun」の記事より

 そして邸宅の一部を占める塔もまたこの建物が住居用の建物ではないことを物語っているという。フメロ氏によれば、戦時中にはビーチの近くに軍用機のための滑走路があり、邸宅の塔からはその滑走路が一望できたということだ。

 そして終戦の直前、近隣住民の間ではヒトラーをはじめとするナチスの高官(マルティン・ボルマン、ヨーゼフ・メンゲレ)がヴィンター邸にやってきて、邸宅の“医務室”で整形手術を受けたことが噂されているという。ヒトラーとその一行は、Uボートで南米に逃れる前にこのヴィンター邸で手術を受けて顔を変えたというのだ。

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「The Sun」の記事より

■「Uボート」の補給拠点だったのか

 ヴィンター邸はヒトラーの“海外逃亡説”の新たな証拠となるのか――。

 機密解除されたイギリスの諜報文書で、ドイツ空軍のパイロットが1945年4月29日、つまり拳銃自殺の前日にヒトラーを軍用機に乗せてベルリンを離れたと主張する証言が残されている。とすればその後、ヒトラーはこのヴィンター邸にやって来たのか。

 一説によればヒトラーは、ヨーロッパにおける“第三帝国”の野望が連合国によって妨げられつつあることを認め、南アメリカに新しい帝国を建設する計画を立てていたという。

 そのためにはヨーロッパ以外の軍事拠点が必要であり、「ヴィンター村」は連合国の目を欺く格好の“物件”であったともいえるのだ。そしてヒトラーがこのフエルテベントゥラ島でUボートに乗り込んで南米に逃れたのだとすれば“海外逃亡説”の説得力も増してくるのだろう。

 再びフメロ氏によれば、ここフエルテベントゥラ島はドイツの潜水艦「Uボート」の補給拠点であったのだと説明している。とすればやはり、ナチスとヴィンター氏の間には何らかの“密約”があったのか。

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